2章4節 汝、反抗ヲ罰シ
あれかな。俺に質問攻めにされた御主神様ってこんな気分だったんだろうな。帰りの馬車はマジでだるかった。
脅しても構うことなく気になったことは聞いてくるし、かと思えばこっちが聞いているかもお構いなく自説をペラペラと喋りつづけて勝手に途中で自問自答し始め、どうだろうかといきなりこっちに聞いてくる。
ああ、認めよう。黄龍人族の娘、君は間違いなく一級品の学者だ。気になったことに対してはマジで真摯なんだ、子供みたいに。空気が読めないというか半分くらい無視しててガンガン詰めてくる。その表情は初めて虹を見たような子供の様に幼くて、憎たらしくて、憎たらしいくらいに魅力的だった。なんかおっかなびっくりだったボディータッチもドンドン過激になってるし。やめろ、研究材料じゃないんだぞ。さっきのもっかい!じゃねぇんだ。喉元過ぎればすぎるだろ。次アイアンクローにすんぞ。
わかるよ、こんなムーブしてりゃ男どもは気の迷いも起こすさ。無自覚な魔性の女って奴だ。結果的に男慣れもするだろうよ。でも今の彼女の隣に誰も居ないのはめんどくさすぎて付き合い切れる男が居なかったというのが真相な気がする。
そう、クソ失礼で口が悪いけどワンナイトならちょうどいい女みたいな?要するに長く付き合うとストレスで禿げるってこと。
一番可愛い瞬間が一番めんどくさい瞬間ってそらぁないよ。
なんかやけにヘラクルが聞き耳立ててる感じがするけど俺について知っても面白い事なんかなにもないよ。いや流石に自分の教祖のプロフィールは気になるか。じゃあヘラクルはまだいいよ。でも黄龍人族の娘、テメーはダメだ。それとも黄龍人族は一宿一飯の交換レートが金の延べ棒1本なのか?そりゃ凄いな。二度と泊まらねぇ。
いや、そうじゃねぇな。熱しきた金属は冷やしてやればいいんだ。冷水かけたるよ。人の領分に自己都合でズカズカ入ってくるなら逆も覚悟すべきだよな?
「先ほどまで根掘り葉掘り聞いてきますが、貴方こそどうしてこのような場所に一人でいるんですか?学びなら故郷でもできるでしょうに。男が居たのならなおさら頼れば良かったのに。どうして、私が地竜人族と言いかけた時、殺意を向けてきたのですか?」
はははははは、睨むか。テメェ誰に向かってガンくれてんだ。散々忠告はしたぞ。人のプライベートに自分は入るけど入られるの駄目なんですなんて理屈が通用すると思うなよ。
体の中で力が暴れ狂う。解釈次第でいくらでも化けてしまう呪いの様な力が吼える。不敬なる者を罰せよ、と。お前の行動はいくらでもペナルティに加算出来るんだぞ。殺意を向ける、なんて教団への敵対行動と捉えたら、ほら。
至近距離で黄龍人族の娘を覗き込む。
本人は最初に出会った時に様に殺意を込めているつもりなのだろう。だか微かに瞳が震えている。体が強張り微かに震え、杖を握る手には異様に強い力がかかっている。
見える、見えるぞ。お前の本能的な恐怖が。一度直で触れたんだ。俺が殺さないと高を括っているみたいだが、傷つけないなんて保証はないんだぞ。ウチの我がまま御主神様が信徒にしろっていうからこちとら付き合ってんだ。道理のわからぬ獣を躾けるために鞭を使う事もあり得るんだぞ。自分が安全圏に居ると思ったか?
ウチの御主神様曰く、俺は汚い手が使えるそうだ。そうだとも。効率的ならそうする。俺が上でお前が下だ。格付けはキッチリするさ。
教団の統治に波乱も例外も要らない。優しさってのはアホが居ないという前提で成り立ってんだぞ。人に悪意が無ければ法律なんていらないんだからよ。法律の無い国は自由と思ったか?違うね。法律が要らないくらいのデストピア体制を敷いてるだけだぞ。ウチの教団の優しさは不都合な芽を俺が摘み取る前提で成立してんだぜ。
さあ恐れろ恐れろ。お前の芯に今後ずっと残る恐怖の爪痕を残してやる。屈しろ。不敬だぞ小娘が。誰から貰った力に抗ってると思っているんだ?俺の力は我が御主神様の威光そのものだぞ。見た目より少し年を重ねた程度で、人間に多少角と尾が生えた程度で、自分の人生から逃げるような根性程度で対抗できるなどと思い上がるなよ。
俺の瞳の奥に今のお前には何が映ってるんだ?そのトパーズの瞳は何を見ている?
息がまた止まってるぞ。唇が青ざめて体が震えているな。もはや意地で、惰性で立っているだけで抗うだけの気力もあるまい。もうここらで降りた方がいいぞ。こんな偉そうな思考で攻め立てているのも直接的な鞭を取り出さないためだ。物理的な罰ってのは取り返しのつかない傷を残しちまうんだよ。
仕上げだ。俺はひっそりと伸ばした手をスッと黄龍人族の娘の喉に添えた。このまま握りつぶしたらそれでこのチキンレースは終了だ。そんなことはしないけどね。触れるだけだ。だが、俺に触れられたことで恐怖の限界値が振り切れたか正気に戻ったか、金縛りから解かれたように黄龍人族の娘は咄嗟に飛びのいた。あまりに魅入られすぎてここがどこかも忘れての逃避の跳躍。落ちたら大怪我、最悪死ぬぞ。まあ予見してたので黄龍人族の娘が完全に飛び上がる前に腕を掴んで席に引き戻したけど。
「席では落ち着いて座っててください、落ちてケガしますよ」
にらみ合ってた時間は秒数するとどれくらいなんだろうな。地球時間で15秒くらいかな?けど、黄龍人族の娘にはどれくらいに感じられただろうな。
人ってのは生命的な危機感を覚えると過集中状態になり時間感覚が凄く引き伸ばされるらしい。車に牽かれる寸前、全てスローモーションになって走馬灯を見るなんて聞いた事あるだろう?それは脳が一時的にリミッターを解除してるから。走馬灯ってのは過去の記憶から危機的状況から脱するための正解を導き出すために発生する現象と言われている。まぁ大抵意味はない。恐怖が引き延ばされるだけだ。
車の場合なら衝突の僅か零点数秒前で起きるその過集中。その状態が15秒間続くと人はどうなるんだろうな。見えたぞ、瞳の奥に色んな恐怖が。お前は走馬灯で何を見て恐れた?どうして里から逃げ出した?
呼吸も忘れ、体が生存に纏わる機能すら無意識に止めていた。体が精神よりも先に死を悟ってしまったんだ。
座席に蹲り俺に寄りかかって喉を抑えて過呼吸状態になっている小娘を見て罪悪感を覚えてるのはなんだろうな。俺がやったのに。あぶね、杖おとすぞ。肌身離さず持ってるしこれ相当大事なもんじゃないの?そんな余裕すらないのか?
この力、やっぱり軽率に使ったらダメだな。直接手を下さなくてもいずれ人の心を砕けるようになってしまうかもしれない。いや、黄龍人族の娘が並外れてメンタルが強かったから耐えられただけで一般人なら本当に死んでたかもね。散々聞かれてねだられたから実験がてら一つの答えを示してみたんだが、満足したか?軽率に死ぬとか言うなよ。安易に死に逃げるな。
ん~…………ちょっとこれヤバいか?痙攣しとる。声かけても通じる感じでもなし。
過呼吸ってのは体が「このままだと死んじゃう!」ってパニックを起こして過剰に空気を取り込もうとするせいで起きる。けど過剰に酸素を取り込みすぎて二酸化炭素濃度が低下すると血液がアルカリ性に傾き体に異常が発生、更に体が恐怖でおかしくなるという負のスパイラルに落ちてしまう。だから一時的に吸い込みを抑える。つまり過剰な酸素の流入を抑えなきゃいけない。
ペーパーバッグはダメって聞いたけど、ええいままよ。
声をかけて落ち着かせるって基礎療法でどうにかなりそうな領域に無いので、俺が口を当てて黄龍人族の娘の口を塞ぐ。落ち着け。その恐怖はまやかしだ。俺が安心させるために手を握ってやると溺れてる最中に何か掴む物を見つけたように凄い力で握り返してきた。痛い痛い痛い。
ペーパーバッグってのは袋とかを口に当てて呼吸させる方法ね。これで袋の中には二酸化炭素が溜まっていくから一時的に過剰な酸素の供給を強引に止められる。ただし逆に今度は二酸化炭素濃度が上がってしまうリスクがあるので推奨されない。とにかく呼吸ってのは酸素ばかりあればいいでわけじゃない。かといって少なくてもダメ。酸素と二酸化炭素のバランスが大事なのだ。
で、そんな密封性のある袋なんて咄嗟に用意できない時の奥の手が人工呼吸。口を付ける人の肺を袋がわりにするってわけ。この場合、口を付けてる方が鼻呼吸で空気の濃度はある程度コントロールできるから二酸化炭素過剰を避けられる、らしい。俺も初めてやるからわからん
なんで転移させられてから2回もこんなことしてるんだろう。相手がこちらからお相手をお願いしたい美人なのにちっとも嬉しくないシチュだし。片方は衰弱、片方はパニック状態(しかも俺が原因)だぞ。
2分くらいそんな感じで呼吸をコントロールしてやると握りつぶさん勢いで俺の手を握っていた手から少しずつ力抜けて、呼吸が元通りになり、顔色に赤みが差し始めて、気が触れた感じでブルブルしていた瞳が静かになってきた。
おっ、正気が戻ってきたか?明らかに違う動揺で瞳がそれた。戻ったな。最後に仕返しで舌を舌でツンと突くとビクゥッッッッッン!って感じでびっくりするくらい身体が跳ねた。まるで全身に高電流でも流したみたいだ。これでわかったか小娘が。お前の色仕掛けスキルなんて本職のお姉さま達に比べたら雑魚なんだよ。
俺がパっと離れて何事もなかったように御者を再開すると、ようやく完全に正気に戻ったのか黄龍人族の娘は機械仕掛けの人形みたいにいきなり起き上がって顔を真っ赤にしながら高速で捲し立ててきた。黄龍人族系の言葉もろ出しである。第二のパニックだ。
要約するとお前なにしてくれとんじゃボケー!って感じ。経験豊富な割に初心な娘みたいな反応しよってからに。今更キス程度でピーピーいうな。
しかしこの謎動物マジで図太いな。後ろで人が陸に打ち上げられた魚みたいにビクンビクン痙攣してても一切振り返らずに歩き続けたぞ。
「いいですか、さっきのは医療行為です。実際そのお陰で呼吸が安定したでしょう?」
「うっ」
さて息を切らす程黄龍人族の娘が一通り捲し立てたころでサクッと反論。マジで危なかったのよアンタ。俺のせいだから感謝しろなんて欠片も思わないけど、流石に眼力だけで死にかけたって現状は正しく認識して欲しい、二度とバカな事をしないように。
「い、医療行為?口づけが?」
「そうです。先ほど貴方は過剰に空気を吸い込もうとしてしまっていた。それを強制的に落ち着ける一番適切な方法がアレだっただけです」
まあ人工呼吸の概念がない人にはちょっと理解しにくいだろうな。でも事実だから仕方ない。儀式も魔法も万能じゃない。酸素濃度を完璧コントロールするとか全く方法が思いつかん。速度を尊ぶならなおさらアレ以外のやり方が無かった。
「別に黄龍人族の風習や信仰する神々の戒律に口づけしたから云々みたいな決まりはなかったと思いますが?」
「そういう話ではない!」
じゃあなんだよ。俺がシラッとした感じの目を向けると、言語化しきれない感情を吐き出すように自分の膝をバシバシ叩いて、痛かったからか俺の方を悔しそうにバンバン叩き始めた。クソ不敬である。俺が傲慢ていうか、一般的な常識でも眷属をむやみに叩くとかその教団に対する明確な敵対行動ととられてもおかしくない行動である。
「くっ、キィィィィ!なぜそんな平然としている!?」
「医療行為でしかないからですよ。例え貴方がオッサンでも私は同じことをしましたよ」
それが御主神様のオーダーに沿った行動ならね。そうじゃなかったらちょっと迷うかも。
もし今のこの娘にハンカチ渡したら食いちぎってくれそうなくらい悔しがっておる。くやしいのうくやしいのう。
「だ、だったら最後のし、舌を、その………アレはなんなのだ?」
「何の話です?」
「だ、だから!し、し、し、舌を、あー、もうっ!」
嘘は付かないとも。すっとぼけるかもしれないけどね。アレじゃわかりませーん。
暫く俺のおもちゃになってろ。それがお前に下す不敬への罰だ。




