2章2節 汝、魔女ノ家ヲ尋ネ
黄龍人族の娘にとって、【眷属】と言うワードは琴線に強く触れる物だったらしい。剝き出しにしていた敵意が困惑と幽かなだが隠しきれいていない好奇心で打ち消されていくのが手に取る様に分かった。
因みに、眷属を偽るのもこの世界では当然大罪。神の特別な加護を向けた存在と勝手に名乗ったら神から罰せられる。てか、多分にだいたい直ぐにボロが出てすぐばれるらしい。
「改めて問う。チェインメイデン教団は何故この地に訪れたのだ?何か用でもあるのか?」
「そうですね、とある事情で長い距離を移動をしていたのですがここまでくれば一先ず問題ないでしょう。当面の生活用品を交換できる場所があれば嬉しいのですが、それと同時に我が教団に加入してくれる新しき信徒を探しています」
ここも変に嘘ついても拗れそうなので正直に。俺の言葉を聞くと黄龍人族の娘はしかめっ面をした。
「ふーむ。それならば随分と見当違いな方向に進んでいるぞ。ここは人里からかなり離れている。いや、少し離れた場所に小さな村落があるにはあるが、本当に小さな村落だ。其方の手持ち次第では物々交換の紹介をすることはできるが、私が仲介にたって言葉を翻訳せねばならぬ。だが儂は魔術の心得はあれど商人の心得は無い。望むような取引にならずとも保証はできんぞ」
「ああ、言語に関しては多分どうにかなるので大丈夫です」
「いや、ここいらの言葉でも特に訛りがキツイのだ。儂も最初は何を言っているのか理解するの苦労した。儂も旅をして学んだが、小さい共同体で完結している所は得てしてその様な特徴がみられる。見たところ商人も兼ねて旅をしているため言葉には自信があるのだろうが過信は禁物ぞ」
【いえいえ、問題ありませんよ。恐らく私でも話ができます。言葉には人並外れて自信があるので】
この娘、思ったよりいい子だ。仲介を面倒に思っているというよりこちらを純粋に心配している。けど大丈夫だ。自分のケツは自分で拭くさ。俺が黄龍人族のいる地域で使われている言葉で話すと黄龍人族の娘はギョッとした。随分と動揺したらしい。
「其方、眷属を名乗るだけあって只者ではないな。その娘っ子も何か恐ろしい物を秘めているような気がする。先ほど敵意を向けられた時正直肝を潰すかと思ったぞ」
「ああ、その認識で大丈夫です。彼女は私より強いですよ。しかし心優しい素直な子です。仲良くしてやってください。一先ず押し入りで申し訳ないのですが、もう夜も近いのでせめて一晩でもここでの滞在を許可して欲しいのですが」
「あ、ああ。こんな場所で野営せずとも儂の家に来るといい。変に見えないのに近い位置に居られても気が休まらぬ。儂の家は小さいが、まだ屋根のある場所の方がマシじゃろう」
「それはありがたいです。しかし、いいのですか?見ず知らずの実態も不明な人物を家にいれて?」
それは随分大胆と言うか、気前がいいというか。この世界そんなに平穏じゃないでしょうに。せめて安全な教団と分かっているならまだしも、名前も教義も知らん教団とか怖くないの?俺だったら超怖いけどね。
「なんだ?夜に儂を襲うとでもいうのか?見くびるな、儂はこれでも腕は立つし、研究をすれば三日三晩眠らないなどよくある事だ。無論、それでも儂の身体が欲しいのなら上品に誘うのだな。儂は安い女ではないぞ。経験も豊富である。簡単な口説き文句など聞き飽きておるぞ」
やけに艶っぽい視線を向けてくる。確かに、角と尻尾は小さいし、芸術家の理想を具現化したみたいなスーパーミラクルボディのヘラクルには正直劣るけど、黄龍人族の娘が自分の体のラインが出る様な格好をするとモデルの様な美ボディのシルエットが浮かび上がる。ほう、言うだけあるじゃない。でもそういう気分じゃないの。世の男性がみんな下半身で物を考えてると思うなよ。
「あ、いえ、彼女、ヘラクルだけでいいです。一人用の家に2人も押し入るのもなんですし、ヘラクルの方が肉体的に消耗しています。それと、その…………ヘラクルは少し男性が苦手、でしてね、私が閉鎖的空間で近くにいると気も休まらないでしょう」
「げ、猊下、私は「ヘラクル、貴方の意見は聞いていません」」
見た感じ、黄龍人族の娘は研究者気質。家も大きな物じゃないはず。てか大きな気づいている。てことは一人用のこじんまりとした家と推定するとやはり二人で上がり込むのはダメだな。改善しつつあるとはいえヘラクルには精神的負担が大きいだろう。
大分ぼかしはしたが、俺の口調とヘラクルの男の欲を刺激する身体を見てなんとなく察したのか黄龍人族の娘はコクリと頷いた。
「しかし、自らより信徒を優先する教祖か。それがチェインメイデン教団の教えなのか?」
「いえ、単なる私のやり方です。それでは私は馬車を動かす準備をしますので先にヘラクルと話でもしておいてください。あ、ヘラクルも言語的にはまだ完璧とは言えないので少しゆっくりめで話していただける助かります」
「どこまでも腰の低い教祖だな。相分かった。娘っ子は任せよ。それと今更だが名乗っておこう、儂の名はクワェツェルォ・キォゥ・ツォレォ。人呼んで『黄玉の賢者』である」
また呼びにくい名前だ!
◆
夜、山の麓は静かな物だ。
最初のエリアから少し迂回した後川沿いに南下するルートで進んだが、黄龍人族の娘の言う通り人の気配はない。だが、俺にとっての目的地はここで間違いないらしい。神託ナビは音声案内を終了している。馬車を牽いてくれた謎生物たちもそうそうに寝ていることからこのエリアは黄龍人族の娘のおかげでかなり安全なのだろう。いや、こいつらどこでも直ぐに寝てたような気がするけど、まぁいいや。今気にするべきことはそれじゃない。
「(要するに、この娘ってことだよな…………)」
もう見るからに訳アリの黄龍人族の娘だ。本来の生息領域から遠く離れて一人きり。手袋をしていたけどまさかな。
変な敵意は感じなかった。この世界に来てから妙に悪意に敏感なんだが黄龍人族の娘は警戒こそすれ悪意めいたものは一切なかった。だからヘラクルが危険な目に合うってことはないはずだ。それに変な事しようとしてもヘラクル相手じゃ返り討ちに合う確率の方が高いだろう。おっかないぞ戦闘スイッチの入ったヘラクルは。あの子もトラウマのせいで悪意に敏感だろうからな。寝てても敵意を察知すれば飛び起きる。
しかし、なんだろう。ウチの御主神様は教団を訳アリ集団にもしたいのか?
いや違うな。能力を持ちながらも教団を乗り換えそうな人物で検索を絞ると訳アリ人になるのだ。駅近新築の癖に妙に安いと思ったら事故物件でした、みたいなもんである。因みに、事故物件は一度人さえ住んでしまえば事故物件ではなくなるらしい。なので安くしてでも一度人を住ませたいとの事である。それでさっさと出てってくれば事故物件の肩書を取り下げることができ、晴れて元の値段で売れるというわけだ。
ウチの教団は事故物件の集合住宅ですってか。まあ管理人も訳ありなので勘弁してくださいね。
「なんと、お主ら2人で行動を共にしておっただろう!?だというのに――――――」
アイツら一体何を話しているんだ?いや、なんとなーく盛り上がり方でわかるぞ。女子があのテンションで話してる時の内容なんて大体絞られるんだ。おまけに娯楽が少ない世界。知り合ったばかりの女子たちが話せるテーマは更に絞られる。
あんにゃろめ、ヘラクルは男性ダメ言うただろうが。でもヘラクルの声からトラウマを刺激されてた事による焦燥感や暗い空気は感じないな。まぁヘラクルが相当拒絶反応を出さない限り踏み込むつもりもないけどな。同じ女性だからこそできるある種の荒療治だと思うしかない。そうでないと俺が聞き耳をガッツリ立ててたことがバレる。
経験豊富っぽいし、俺にあっさりあしらわれて余計に火が付いたのか最後まで挑発していた黄龍人族の娘のことだ。男性経験豊富な女性なりのアドバイスもできるだろう。…………見当違いなアドバイスはやめて欲しいが。
しかしまあ思ったよりすごい盛り上がってるなぁ。はよ寝ろ。境遇的に年の近い女性と話すのはあまりなかったであろうヘラクルはわからなくはないとして、それとも黄龍人族の娘もああ見えて話し相手に飢えてたのか?それもあり得るな。ヘラクルを送り出す前、チラッと家の中を見たが本と黒魔術的な道具で溢れていた。魔女の家って言葉があそこまで似合う家もないだろう。そのまま映画のセットになりそうだった。あの調子じゃ誰かを家を招いたのも超久しぶりなんじゃなかろうか。俺が宿代代わりに渡した肉も嬉しそうに受け取ってたし、いよいよ生活環境が心配だ。
まてまて、赤の他人の世話を焼いている場合じゃないだろうが。そういうのはよくない。
俺は黄龍人族の娘とヘラクルの声をラジオ代わりに、馬車の中で獣の骨を削って儀式の道具を黙々と量産しながらこの世界に来てから初めて一人で夜を過ごすのだった。




