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ヘラクルの手紙 1節


 ―――――――――誓え!我が主神に忠誠を捧げると!そして願え、誰にも負けない力を!全ての非道を無に帰する力を!


 猊下からのお言葉で一番ハッキリと覚えてるのは、その言葉です。

 猊下様…………様は付けないでと言われたのでした。えっと、猊下とは、30と少しの日を共に行動していますが、後にも先にも猊下が私に声を荒げたのはあの一度きりでした。


 猊下はとても奇妙な方でした。あそこまで浮世離れしているという言葉がお似合いの方を始めてみた気がします。

 黒い髪なのに顔立ちはアジヒィトに似ていて、なのに目は青色みのある黒。尻尾も角も翼もありません。

 一番不思議なのは筋肉と体格に見合わぬ膂力。私達獅羊族は見ただけで相手の肉体的な強さを大まかに理解できます。肉の付き方、体格、体の動かし方、魔力の動きでだいたい分かってしまうのです。一見、猊下の見た目は平凡、寧ろ一般以下の肉体でした。なのにいざ動き出すと私の種族としての勘が通じない動きを見せます。凄いです。流石は眷属様ですね。


 そう、猊下は眷属様なんです。最初は驚きましたが今は納得できます。

 眷属というのは神からの愛を殊更に与えられた特殊な存在です。戒律や教義の枠にもとらわれない存在で、他の神々も一目置きます。眷属様は人間が加護で得られる力の限界を超えて神に纏わる力を持ち、実際に数々の伝説を残しています。

 ですが、今現在現役で活動している眷属は極僅かと聞いています。

 眷属は神の依り代、仮の器でもあり、時が来ると神に身体を受け渡します。なのでいずれは消える、というか神そのものになる存在であり、あらゆる権力構造にも寄与しない特別な存在なのですが…………昔に活動していた眷属様たちはいい意味で伝説を残すより悪い意味で色々と伝説を残しており、素直に神になったのは僅か。ほとんどは力を持つあまり暴走し、他の教団から討伐されたというケースが多いようです。

 そのせいか、今現在神々は新しく眷属を作らなくなりました。ここ300年余りは新しく眷属は御創りになられていないようです。もちろん、母様から聞いた話だけなので今は違うかもしれないですけど、兎に角【眷属】は特別な存在なんです。


 確かに、猊下は見るからになんとなく特別な存在であることがわかる気を放っていました。けれど、母様から聞いていたような暴れん坊ではなく、不思議な位心優しい方でした。するべきことはハッキリと命じますが、私に無理をさせる様な事をしません。そもそも自分で仕える事を決めておいていうのもなんですが、神様の名も初めて聞く、というより上手く聞き取れないし、教義も戒律もとても独特な物でした。


 契約した時は必死でした。意識は朦朧としていて、自分でも衝動のままに願いました。後悔を残さぬよう、悪を須らくうち滅ぼす力を、理不尽を跳ねのける力を乱暴にも願いました。我が主神は、本当にその力を授けてくださりました。これは普通滅多にない事です。

我が主神は凄い力を持った神様なのでしょう。でも直接御尊顔を拝見することはできていません。猊下に伺ってもどちらにいらっしゃるのかはお答えくださいません。けど、猊下が契約行為を代行できる程度には主神様から信頼されていることはわかりました。

 契約は神々にとって本当に大事な行為です。どんな怠惰な神でもそれを人任せにすることなど絶対にしません。下手をすると自分の力を乗っ取られかねないような行為ですからね、契約の儀式って。でも眷属と言えど契約まで代行したという話は聞いたことが無いのですが…………気にしても仕方のない事なのでしょうか?眷属と言う存在が希少すぎて何が普通なのか私にはわかりません。私が世間知らずなだけかもしれないですけど。


 猊下は本当に優しい方です。

 私が男性に身構えてしまう癖がついたのを察して、私が負担にならないように動いてくださります。たぶん猊下はさり気なくのつもりですが、獅羊族は目も耳もいいのです。少し違う体運びをしていれば何かの意図があるとわかります。

 猊下は不思議な方です。私達の言葉を淀みなくお話しできますし、文字もすらすらかけます。野営もできるし、料理もできるし、魔法もできるし、狩りもできるし、天気も予言できます。動物や自然の知識でさえも狩りを主体に生活を営んできた私よりも多いです。凄い物知りです。私は母上が大人の中では一番物知りだと思っていましたが、猊下は間違いなく母上よりも物知りです。


 猊下は奇妙な方です。

 眷属といっても、元は人のはずです。けど、猊下は御幾つなのか、猊下はどこの出身の方なのか、どこからやってきたのか、猊下は一つもお話しません。猊下が話すことは私の生活に関しての事と、信仰に関する事だけです。猊下は非常に謙虚で、主神の事を凄く大切にしています。

 年は多分私より上です。でも父上や母よりは絶対年下です。でもとても物知りです。眷属の年齢は外見とは合致しないとも聞いているので本当は凄いお年を召しているのかもしれません。でも聞いてみる勇気が今はありません。

 あと、眠りません。疲労限界で気絶するように眠った初日以降は変に緊張して夜も目が覚めたままの時もあったのですが、猊下は鼻歌を歌いながらずっと何か仕事をし続けていました。というより、行動を共にしてから休んでいる姿を一度も見たことありません。常に何か作業をしています。常に何か先を見据えて行動をし続けています。そのせいか私も自然といつもなにか仕事を探すようになってしまいました。猊下がお仕事をし続けている横で信徒の私がのんびりするのはどうしても気が引けてしまうのです。


 教団も変です。

 こんなにいい教祖様で、神様も強くて、教義も戒律も平均的な教団よりも恐らく楽なのに教団員は私しかいないらしいです。でも不思議です。神様は信徒が多いほど強くなり多くの加護を授けられるはずです。けどウチの教団は私一人だけなのに前よりももっと強い加護を賜っています。なんででしょう?眷属様のいる教団となれば相当有名なはずなのにどうして?。不思議な事ばかりです。

 そういえば、戒律も増えました。緊急事態でもない限り必ず睡眠をとりなさいと言う戒律です。戒律は普通教団をより強固にするために定められる物のはずなのですが、どう見ても教団員が過ごしやすいようにする戒律です。不思議です。


 猊下は寛容です。

 私が以前の教団の慣習である狩りを癖で続けてしまったところ、怒るわけでもなく認めてくださいました。普通は前の教団の事を持ち込むと怒られるはずなのですが、猊下は寧ろ納得したような顔をしました。ただし、肉を無駄にするレベルで狩りをしてはいけないと注意されました。まるで狩人の様です。

 私がしたいことも聞いてくれます。新しく名前を決めたり、言語を学ぶなどの命令も下りますが、それ以外はとても自由です。けど、夜更かししたりご飯をちゃんと食べないと注意します。まるで母上の様です。でも私が食べにくそうにしている肉ブロックは猊下自身が消費しています。獅羊族は人肉も食べますが、あくまで儀式的な物です。食としてはあまりみません。それは飢饉など相当切迫した時だけです。でも猊下は捨てるのはもったいないと食べてしまいます。食人を一般的とする種族は少ないのですが、猊下は本当に何族なのでしょう?


 猊下は独特な考え方をします。

 まず物を滅多に捨てません。できる限り有効活用します。骨の一つまで利用します。「モッタイナイ」と言っていました。「モッタイナイ」。可愛い言葉です。

 儀式で出来ることは儀式でやります。魔法ではなく儀式をします。魔法と儀式の明確な区別は難しいのですが、猊下のやっていることは間違いなく儀式級の御業です。けど儀式は本来色々な物を消費するし、儀式を執り行う本人も消耗する上に、成功させることさえ相当準備しても確実とは言えないので気軽に行ってはダメと母上もよく口にしていました。しかも儀式と言うのは成功率が低いだけでなく、失敗するとなんらかの災いが起きかねない危険な物です。平気な顔して一人でやる物ではありません。

 でも猊下は「其方の方が早くて効率が良く確実です」とおっしゃいます。猊下はよく「効率」という言葉をお使いになります。夜に動き続けるのもそのためだそうです。


 最近はこの不思議な御方との生活も随分と慣れてきました。最初は少し怖かったですが、猊下は公平で優しい方です。何かを注意することもありますがきちんと何故ダメなのか説明をしてくださいます。良いことをした時は褒めてくれます。子供の様に扱われているような気が微かにするときもありますが、猊下は私を一人の大人として尊重しつつも私が前向きになる様にお言葉をかけて下さります。猊下の毎日の説法は短いですがわかりやすいです。でも説法を少し面倒そうにしている気がします。態度は普通なんですが、なんとなくそんな空気を感じます。でも真面目です。人間らしいところが薄い猊下ですが、変なところでたまに人間らしさを見せる事があります。

 言葉のわからない私にも浪羊族はいつも優しかったですが、猊下の優しさはどちらかというと母様や父様から向けられた優しさに似ています。私に兄はいませんが、もし兄がいたら猊下の様な人だったのかもしれません。猊下は内心を語りませんが、与えて下さる慈愛は本物だと思っています。いえ、こんなことを考えるのは不敬ですね。

 

 今は私が他の獅羊族にちょっかいを出されないように、彼らが見張っていそうな街から離れる形で進路を取り移動しています。ですが明確にどこを目的として動いているのかは聞いていません。今後の方針も聞いていません。他の集団と遭遇しても会話に困らないように私に言葉を教えて下さるということはいずれは接触を考えているとは思いますが、ここまでくると私も土地勘がないので何があるのか見当がつきません。でも猊下の脚に淀みは無いので多分大丈夫です。猊下は物知りなのできっとこの先になにがあるのか知っているのだと思います。直接聞いていませんが、教団としては信徒を増やすように行動するのも大事な活動です。主神を深く信仰する猊下ですから、そのために動いている筈です。そう考えると、なおさら信徒が私一人なのが謎なのですが、いつかこの教団に纏わる詳しい話を聞かせて下さるのでしょうか。

 それとも、ずっとこの状態で、いつかどこかの街でお別れなのでしょうか。


 最近は、猊下には身構えなくなりました。話しかけられても背筋がざわざわしなくなりました。自分から話しかけられるようになりました。日々成長です。そうです。今の所の私の目標は猊下と普通にお話しできるようになること。戒律に則り毎日朝起きて一番に宣言することを習慣にしています。

 猊下は、その、自分の事をお話しして下さらないし、要件以外は殆どお話しして下さらないので、私から話しかける癖がつきました。これは私にとっていい事なのかもしれないですが、少し不安な時もあります。猊下は私に興味が無いのかもしれません。


 それでも、今の日々に不満はありません。不自由な所も僅かにありますが、父様と母様と暮らしていた時の様に穏やかな日々を過ごしています。父様、母様、私はなんとか毎日を力強く生き延びております。きっとこれからは想像もしないような事にも直面するのかもしれませんが、それでも私を助けて下さった猊下の為に、教団の為に、新たな主神様の為に頑張ります。


 けど、その、私は、女として魅力は無いのでしょうか?

 いえ、分かってます。私が男性を怖がっていたから、猊下をとても気遣って下さいました。特に着替えをする時や寝るとき、体を清めている時、私が気配だけはわかる位置で尚且つ何かあっても助けに行ける位置で、尚且つ猊下の位置からは覗きにくい場所にさりげなく位置取りをしてくれます。けど、その、暗い欲求的な物を感じません。無遠慮に欲をぶつけられ殊更嫌な欲を帯びた意思に敏感になっていた私が思わず警戒を解いていつの間にか接近を無意識に許してしまうほど猊下の私に対する意思は穏やかです。穏やかと言うより、無関心な気がします。いえ、もっと、優しいのに突き放すような、無機質な感じがします。

 理不尽なことは分かってます。けど、ここまで何でもないものと扱われるとちょっと考えてしまいます。獅羊族の男達や下郎共にそんな意思を向けられても嫌で仕方なかったのに、いざ向けられなくなるとちょっと自信が揺らぐ。私はこんなわがままな女だったでしょうか?なんだかモヤモヤします。でもこのモヤモヤは、なんか違う気がします。こんな時母様が居て相談出来たら、きっと答えを教えてくれたことでしょう。


 猊下からすると私はやはり小娘なのでしょうか?

 本当は父様や母様、あるいは長老よりもずっとずっと年上だとか?

 あるいは、種族的に欲が湧かないのかもしれません。でも特徴が大きく異なれど『人間』には変わりないのですから余程神の御姿の影響を受けた種族、ほとんど二足歩行の獣や爬虫類の姿の種族でもない限り大きく嗜好が変わるはずではないと思っていました。猊下は耳なし角無し尾無し翼無し触覚無しのとても平凡な見た目ですから嗜好も一番平均的なはずなのですが…………はっ、もしや母様が言っていた幼女愛好家なのでしょうか?幼い娘にしか欲情しない危険な殿方だと聞いています。偉い人ほどその傾向が強く幼いころの母様も迷惑したようです。

 

 あっ、ごめんなさい。なんて不敬な事を考えてしまったのでしょう。ヘラクル、反省です。


 とにかく、もう少し猊下とお話ができるように、せめて世間話みたいなことができるように、頑張ります。


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