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第三話:大海原へ

 エリトリア行きの船を待つ。

 エルクの賞金で二等船室のチケットを買った二人は、船着き場に建てられた待合小屋でのんびりしていた。


「……あれ、ソルスキア公爵様じゃないかしら?」


「まさか。鎖なんて付けられてるし、よく似た奴隷だろ。それにこないだ亡くなったって」


「あー、相続人がいないから取り潰しって聞いたわね」


 かつて遥かに下に見えていた貴族の、新婚旅行のように見える夫婦からの陰口を聞いて、ヴァネッサは頭を抱えた。

 口寂しさに咥えているだけの煙管を懐にしまって、小声でため息をつく。


「ちくしょう、あいつら下級貴族のくせに……ですわ!」


「今のヴァネッサは奴隷ですけどね。ほら、船が来ますよ」


「案内されるのは特等船室からですわよ。暇をつぶせるもの買いましょ」


 窓から見える巨大な魔法船。

 エリトリアの女王から名前を取った最新の豪華客船、クイーン・アステリア号が見えて少し興奮気味のエルク。

 彼女の護衛として、たまに船旅に付き合って来た彼が急かすと、彼女はそれを遮って。

 まだ時間はあるからと立ち上がった。


「なに買います?」


「本とか、カードとか。あと煙草も」


「まぁ、いいですけど」


 それならいいか、と彼も続く。

 そして外に出ると、旅行客相手の露天の並ぶ、港の一角へ歩いていった。


――


 露天商から本を数冊、ついでに絵柄と数字の書かれたカードの束。

 そして安い煙草の入った紙袋を抱えて、鎖を引かれて歩くヴァネッサ。


「荷物持ちご苦労さまです」


「こんな屈辱を……この煙管より重いものなど持ったことがないというのに……!」


 けらけら笑うエルクと、思い切りふてくされるヴァネッサ。

 でも、ちゃんと持つんだな。と小さく微笑んだ彼の後ろから、彼女は聞いた。


「ところでエルク、貴方の本はいいんですの? エリトリアなんて一週間は掛かりますわよ?」


「僕、文字読めませんし」


「は? わたくしの護衛なのに読めないんですの?」


「今は主人です。ってか貴女の護衛として生きてきたんで。必要ないことは学んでないです」


 はて。と彼女は形の良い顎に指を当てて。

 たまの遠出でも、彼は本を読む自分の横で剣を磨いているか、もしくはじっと座っていただけだったことを思い出す。

 そうか、彼はずっと自分の為にと申し訳なくなって、彼女は照れくさそうに呟いた。


「……エルク。折角ですから教えますわ。少しずつやっていきましょう」


「っ! ありがとうございます」


 思わず笑顔がこぼれた彼に、おずおずと彼女は続けて。


「なので、あの、煙草代を……」


「……それくらいの小遣いはあげますよ」


 折角上がった彼女の株を地に落とした。


――

 

「言われなくても、それくらい出したのに。お嬢様は肝心なところが残念……」


「エルク? 何か言いましたの?」


「いえ、何でも」


 ぶつぶつと呟くエルクが先を歩く。

 がらがらと二人分の荷物を嫌々引きずるヴァネッサが続いて船の上。

 上層にある特等室や一等船室の下のフロアまで降りて、チケットに書かれた部屋番号と合わせ。


「しょぼっ」


「……これでも、平民の収入一ヶ月分ですよ。このチケット」


 一応個室。一応ベッドとテーブル付き。二等ラウンジの一角に共同トイレとサウナもあり、食事は三食食堂で。

 正直なところ、この船に乗ることを夢見る庶民からすれば十二分に手の届かない贅沢。

 ただ今までは公爵として、本物の贅沢の限りを味わってきた彼女からしたら。


「なんですのこの部屋。ベッドもただの二段になった木の板ですし、テーブルも端材……それに壁ときたら……」


 コンコン、と壁を叩く。

 すぐに鮮明なノックの音が返ってきて、薄壁一枚隔てた隣に隣人がいることを理解して。

 彼女の目が点になる。


「おファックですの」


「はいはい、静かにしましょうねヴァネッサ」


 ぽつりと呟き、放心したようにベッドに座り込む彼女を見て、エルクはくすくすと笑った。


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