7.少女……?
『わらわはここだ』
「……!?」
リュディガーが驚くのも無理はなかった。
なぜなら、声が聞こえてきた方向に目を向けてみた彼が見たものは、明らかに人間ではないと思われる存在だったからだ。
(う、浮いてる……!?)
そこには、一人の金髪の少女が空中に浮かび上がっている姿があったのだ。
もしかすると、これは魔術の類で浮いているのだろうか?
いいや、少なくとも空中にこうして長時間浮けるような魔術などというものは今まで見たことがなかった。
風属性の魔術を使えば一時的に浮き上がることはできるのだが、空中でしっかりと姿勢を保って浮けるような場面はお目にかかれない。
(高位の魔術師であればそうした魔術もできるのかもしれないが、これは魔術師なのか!?)
こんな長年放置されたような洋館の、さらに最奥にある木箱の中にいたのであろう彼女が魔術師だとは到底思えない。
視線こそまっすぐに彼女を見つめているものの、頭の中がパニック状態に陥っているリュディガーだが、そんな彼の混乱を察した謎の少女はまず自己紹介から始める。
『わけがわからないといった感じか。ならばわらわの正体を明かすとしよう。わらわはアレクシア。この世界に存在する精霊だ』
「精霊?」
それはリュディガーにも聞き覚えがあった。
ヘルヴァナールと呼ばれているこの世界には、魔力や魔術という存在を生み出したとされる「精霊」の存在があった。
しかし、その姿を実際に見た人間は今までの歴史の中でもほんの数人しかいないらしい上に、見たという証言を集めてもハッキリとした情報が得られていないのだった。
例えば体格の良い筋骨隆々の男だったとか、灰色の狼の姿だったとか、赤ん坊だったりとかでその姿にとにかく一貫性がないのである。
それでもなぜ、その人間たちは自分たちが目撃したものが精霊だとわかったのか?
理由は簡単で、脳内に直接語りかけてくるように『自分は精霊だ』との声が聞こえてきたからだったのだ。
今のリュディガーもそれは同様であり、実際に目の前で浮き上がっている金髪のロングヘアの少女の口元は動いていないのに、続けて声が聞こえてくるからだ。
『そうだ。それにしてもそなたはどうしてここにやってきた?』
「……俺は薬草を採集しにこの近くまで来たんだが、途中でケルベロスに遭遇してしまって、逃げ込んだ先がここだった」
『ケルベロス?』
「そうだ。しかも今、そのケルベロスに下の出入り口を塞がれるように居座られてしまっていてな。恐らく俺が出てくるのを待ち構えているんだと思うが、俺だって食べられたくないから別の出入り口を探してここを彷徨っていたんだ」
本来の目的を語るリュディガーだが、それ以上に驚くべきことがこうして目の前で起こっている。
一応、この精霊とやらに敵意は見られないのでリュディガーは構えていたソードレイピアを腰の鞘に収める。
それを見たアレクシアという精霊は、ふむと一つ頷いて窓の近くまで飛んでいき、下を見下ろした。
『……ああ、あれか。あれはわらわの番人の話によれば、最近この周辺に迷い込んできたみたいでな。自分よりも弱い魔物しかいないとわかって好き勝手に暴れている厄介な奴だ』
「そうなのか? というか、番人っていうのはさっき俺が倒した魔物のことか?」
『ああ。あれはわらわの番人だったが、あれを倒す人間がいるとは驚いた。そもそもそなたはここまでどうやって入ってこられた?』
「え? いや……普通にケルベロスに追いかけられて逃げ込んだ先がここだったんだが」
そのリュディガーの証言に、アレクシアは訝しげな視線を向ける。
『なんだと? それではそなたは、ここまで来る途中にガーディアンたちと出会わなかったのか?』
「ガーディアンって?」
『この館に迂闊に人間たちが入って来られないように配置していた、大量の小型の魔物たちのことだ。それに一切出会わずにこの館に入ってこられたというのか? それも、出入り口の魔力の結界を通り抜けて!?』
「は? 結界?」
そもそもそんなものがこの館にあったのか?
魔物のことは騎士団の団員たちから話を聞いていたから知っていたものの、結界についてはリュディガーは何も知らない。
そもそもがそのガーディアンとかいう小型の魔物たちに邪魔をされて、迂闊にここまで辿り着くことすらできないという話だったので、それをリュディガーがそのままアレクシアに伝える。
すると、今度は彼女が混乱することになった。
『おかしい……この男、何かが変だ。普通の人間ではない……普通の……普通?』
ブツブツと呟きながらまじまじとリュディガーを見下ろしていたアレクシアだったが、彼の異変に気がついたのはその時だった。
『……ん? そなた、もしかすると体内に魔力がない人間なのか?』
「ああ、そうだ。俺は生まれつき魔力がない」
『ということは、そなたは無魔力生物……ああ、なんだ。そういうことなら納得だ』