6.戦い
「うっ!?」
木箱から離れようと踵を返した瞬間、まるで風船が破裂するかの様な衝撃でその木箱から飛び出して来た一つの紫色のシルエットが、空中でスライムのように形を変えたのだ。
その形は人間型ではあるのだが、明らかに人間ではない異形の魔物の類いだ。
手には三叉槍を持った人間のシルエットで地上に降り立った魔物は、そのトライデントで攻撃してきた。
すかさずリュディガーも腰のソードレイピアを引き抜いて応戦するが、リーチで不利なトライデントの使い手が相手になってしまった。
「くっ!!」
リュディガーがやすやすと見切れるほどには攻撃のスピードが遅いものの、やはりトライデントの方がリーチがある為か、なかなか間合いに飛び込めそうにない。
トライデント自体は避けたり切っ先を弾いてブロックすることが出来るので、勝てるチャンスはあるかも知れないとリュディガーは計算する。
ここに来る前に遭遇したケルベロスのように圧倒的な戦力差があるのなら、彼はもっと真っ先に逃げ出していただろう。
今は姿かたちが「人間っぽい」というだけで魔物を相手にしていることに変わりはないのだが、それでも人間らしい形をしているだけで、いくらかリュディガーに勝機を予感させるのに大いに役に立つ。
トライデントはリーチがある分取り回しが利き難いのが欠点になりがちなのだが、それはこの部屋の広さが上手い具合にそのデメリットを無くしてくれているので、リュディガーはやっぱり不利な状況だ。
ならどうすれば良いか?
(一瞬の隙を見て飛び込んで行くしかない!!)
そう決めたリュディガーは、一旦距離を取るためにバックステップ。
当然相手もトライデントを突き出しながら追いすがって来るが、リーチのあるトライデントを存分に振るえるだけの広さがあるということは、その分リュディガーも広くスペースを使えるということになる。部屋のスペースを目一杯使ってトライデントを余裕を持って避け、相手の武器捌きの癖やスピードをじっくりと観察する。
(だんだんつかめてきたぞ、この魔物のリズムが……)
だけど油断は禁物だ、と心の中で自分に言い聞かせながらリュディガーは勝負を決めにかかる。
相手はトライデントを振り抜いた後に、そのリーチの長さが仇になるのか若干切り返して来るまで溜めがあることをリュディガーは見抜いた。
ならばそのウィークポイントを利用しない手は無い。
トライデントの間合いに入らない様に相手との距離を測りつつ、その相手の挙動を見る。
(……今だ!)
攻撃を振り抜きつつあるその一瞬の隙を、鍛え上げた動体視力で捉えたリュディガーは一気にトライデントをソードレイピアで相手の外側に向かって弾き、その弾き飛ばしによって相手がバランスを崩したところで跳び上がる。
その跳び上がりから両足を使って相手の首を挟み込みつつ、空中で身体を半回転してひねり、ぐるっと自分の身体と一緒に相手の身体を首から回転させて引き倒した。
魔物だからか声こそしなかったものの、相手は思いっ切り地面に叩きつけられて大きな隙が出来る。
リュディガーはすぐに起き上がり、相手に馬乗りになって相手の顔面を青い革手袋をはめた両手で殴りつける。
やがて相手がぐったりして動かなくなった所で、その紫色のオーラに包まれた身体を足を掴んでグルンとひっくり返して、再び馬乗りになってから首に両腕を絡める。
グイーっと思いっ切り後ろに引っ張り上げ、首を絞め上げ続けて相手が動かなくなるまでしっかりと感触を両腕で確かめながら絶命させることに成功したのだった。
(お、終わったのか……?)
完全に息絶えたその異形の魔物は、リュディガーの手の中からシュウウ……と音を立てて文字通り煙の状態で宙に分散し、武器のトライデントと共に消えていってしまった。
(今のは一体何だったんだ?)
いきなりあんな訳の分からない魔物が飛び出して来るなんて……と未だにリュディガーは動揺を抑えきれていないが、このままここでこうしていても仕方がないので取り敢えず辺りを見渡してみる。
しかし、動揺から抜け切れていないそんなリュディガーの耳にふとその時、聞き慣れない声が聞こえてきたのだ。
『ほう……まさかわらわの番人を倒す人間がいるとはな』
「っ!?」
すぐに立ち上がってソードレイピアを構えつつ、リュディガーは周囲を見渡す。
だが、部屋の中に感じるのは自分一人の気配だけ。ならこの不思議な声は何者だ?
油断せずに辺りを見渡すリュディガーだが、彼の目の前で先ほどの木箱が眩しく光り輝き始めた!