67.かけられた疑惑
「俺たちがあの薬を作った実行犯だって!?」
「どうもそうらしいのよ。さっき見張りの人に聞いたんだけど、このところその話題で王国内がもちきりなんだって」
エスティナからの情報に、リュディガーは自分の耳を疑った。
しかしそれも仕方ないことかもしれない。
何といってもその伝えられた情報というのが、自分たちがあの洋館の中で人間を狂人にさせる効果のある薬の製作者である……というものだったからだ。
当然、リュディガーたちにはまるで身に覚えのない話である。
「黒ずくめの集団を操る妙な薬を開発した実行犯とされている上に、それを裏付ける証拠となる書類までしっかり発見されていたことから、俺たちはともかくロサヴェンとティラストたちに対する失望感は大きい……か」
「イディリーク帝国でも同じようなことがあったわよね。あの時は結局、お兄ちゃんと一緒にアレクシアの力でここまで来られたわけだけど、こうしてまた捕まっちゃうなんて……」
「不運どころの話じゃないわよ。それに、こんな展開になったらきっとイディリークに連絡がいくわ!」
それは確かにそうである。
そう、なのだが……リュディガーはそれよりもどうしても腑に落ちないことがあった。
「まあそれはわかるんだが、これが誰の仕業かというのを考えるとニルスとかいうあの男に間違いないと思う。しかし、それならどうしてわざわざこんな回りくどいことをするんだ?」
「さぁね。それは私も知らないわ。……考えられるのは、あの男が自分の手を汚したくないから私たちを犯罪者に仕立て上げようってことぐらいかしら?」
あくまで推測だけどね、とフェリシテが付け加える。
単純に自分たちが邪魔なのであれば、さっさと殺してしまえばいいだけの話だろう。
しかし、それについては一緒にこの大部屋の牢屋に捕らえられているエスティナから補足が入る。
「前にアレクシアが言っていたけど、ニルスって男は人間が苦しむのを見るのが好きな性格でもあるって。じわじわと精神的に追い詰めるというのもまた快感なんでしょうね」
「そんな気が狂ったことはやめてほしいわね。お兄ちゃんだって私たちだって迷惑極まりないわよ!」
そして、リュディガーたちのことを連絡したのはどうやらあの洋館でそれぞれのグループが戦った二人らしいのだ。
彼らは冒険者の身分だけを明かして、騎士団には名前も告げずにいつの間にか消えてしまったらしい。
洋館には確固たる証拠もあるので言い逃れができないのだが、それでもリュディガーたちは無実を証明しなければならない。
「ロサヴェンは治療を受けているし、ティラストが王国に俺たちの無実を訴えているんだろう?」
「ええ。でも、その無実の訴えは却下されているらしいわ。あの洋館で見つかった多数の書類には、こんなことも書いてあったのよ。この薬の実験が成功したら、世界中の商人たちに高く売りつける計画があるって」
「え?」
そうだとしたら、成り行きとはいえ違う大陸のイディリーク帝国からはるばるやってきた自分たちにとっては不利な情報になる。
違う国の人目につかない場所で薬を作る実験をしていた。
それだけでもかなり怪しいのに、そんな計画があるとなればますます怪しまれるとしか思えない。
「まずいな、この状況は……」
「ええ。でも、ここを脱獄してもきっと王国に追われる羽目になるだけよ」
しかし、自分たちの無実を証明するためにはここからどうにかして出るしかない。
でもどうすればいいのだろうか。
アレクシアもアレクシアでいつの間にか姿を消してしまったし、彼女の力がなければ自分たちだけで脱獄するのは無理だろう。
そう考えていた矢先、牢屋の外がにわかに騒がしくなった。
「おいっ、大変だ!」
「どうした?」
「闇の装備品が何者かによって持ち出されたらしい!」
「なんだって!?」
見張りたちの声を聞き、リュディガーたちが牢屋の中で顔を見合わせる。
闇の装備品といえば、エスティナが首からぶら下げているペンダントとイディリークの洞窟遺跡で手に入れたバングルだけのはずだが……と考えていた矢先、見張りたちが牢屋から離れていった。
「……おい、今なら脱獄できるんじゃないか?」
「無理ね。鍵がかかっているわ」
リュディガーの疑問に、フェリシテが出入り口の扉をガチャガチャと引っ張りながら首を横に振って答えた。
やはりそう都合よくはいかないか……と落胆したリュディガーだったが、次の瞬間聞き覚えのある声が牢屋の外から聞こえてきた。
『下がれ! ドアを吹き飛ばすぞ!』
「え……この声は!?」
「アレクシア!?」
牢屋の中にいる全員が驚いたのとほぼ同時、その声の通りに牢屋の中に向かってドアが軽々とひしゃげながら吹っ飛んできた。
その実行犯はあの館で行方不明になっていたはずの精霊、アレクシアだったのだ……。




