48.風の吹く遺跡
ソフジスタ城でそんなことが起こった翌朝。
朝食を終えたリュデイガー一行は、このダリストヴェル山脈の頂上にある遺跡へと向かった。
歩いても十分行ける距離の上、遺跡までの道のりには部外者に調査の邪魔をされないための警備役として騎士団員たちがチラホラと見受けられるので、魔物の襲来などの心配はしなくていいだろう。
『この先に遺跡がある。そこが伝説の灰色のドラゴンの棲み処だったといわれているんだ』
「灰色のドラゴンね……」
まるで観光ガイドのような口振りで説明しているアレクシアが指差す先には、騎士団員たちの野営地が広がっていた。
更にその奥にはポッカリと大きな口を開けている岩の壁に囲まれた洞窟があり、どうやらそこから先が遺跡に繋がっているようである。
「私たち騎士団の調査が終わったら、ゆくゆくはこの遺跡を観光スポットにしようと考えているのよ」
「そうなんだ。でも観光スポットにする計画があるっていうことは、ほとんどもう内部の調査は済んでいるの?」
「うん。しかしまだ何か新しい発見があるかもしれないから、こうして定期的に調査をしているというわけよ」
「観光スポットねえ……」
自分の家だった場所が観光スポットになるなんて、いったいどういう感情なんだろうかとエスティナは苦笑いする。
そんな洞窟の遺跡にこれから足を進める一行だが、その一行の元に少しずつ近づいてくる驚愕の展開があることなど、この時はまだ誰も知る由もなかった。
「内部探索の許可が下りたわよ。ただし、あくまでも変な真似はしないようにね」
『わかった。ならばわらわが案内しよう。ついてこい』
この洞窟の中に入ったことがあるらしいアレクシアが、今回の道案内役を買って出てくれた。
遺跡に着くまでの道のりが洞窟となっているこの場所では、剥き出しの岩壁が何処となく威圧感を与えている。
更に空気に湿り気があるのも、遺跡の洞窟ならではといったところだろうか。
「ここって灰色のドラゴンの棲み処だったって話だったけど、遺跡に住んでいたってこと?」
歩きながらトリスが先頭を進むアレクシアに質問を投げ掛けると、やや深みのある声で答えが返ってくる。
『らしい。遺跡からはいくつものドラゴンの足跡が発見されているからな』
だが、とアレクシアは低いトーンの声で気になる話をしだした。
『その発見されたドラゴンの足跡なんだが、調べてみると妙なことが分かった』
「妙なこと?」
『そうだ。灰色のドラゴンが住んでいたというのはもう遥か昔の話なんだが、それにしては妙に綺麗な足跡がこの遺跡にはいくつか残っているんだ。普通だったら年月の経過でそれなりに遺跡の内部が風化するはずだし、足跡だってそれに伴って掠れたり欠けたりしてもおかしくないはずなのに、まるで最近つけられたような真新しい足跡が発見されることがあるんだ』
「真新しい足跡……ですか」
それについてはアレクシアがこのように分析をする。
『ここの遺跡はそれなりに大きな山の上にあるものだから、なかなか人間や他の魔物もやってこられない場所でな。だから翼を持っているドラゴンやワイバーンといった魔物にとっては、翼を休めるうってつけの場所だろう』
「じゃあ、今も時々ドラゴンとかが下りてきてるってことなのかな」
『そうとしか考えられないな。だから観光スポットとして利用するなら、そうしたドラゴンやワイバーンなどの魔物との共存をどうにかしなければならないだろう』
しかし、とアレクシアは続ける。
『ドラゴンもワイバーンも、魔物の中ではかなり気性が荒いタイプだ。繁殖時は特にピリピリしている。そして風の魔力を持つタイプであれば、突風を起こしたりして遺跡に侵入してきた人間たちを吹き飛ばすことなど造作もない』
「怖いわねえ、それ。魔術だったらお兄ちゃんには効果がないからいいと思うけど、そうじゃないだろうしねえ」
「そこは俺も否定しない」
とても観光スポットとして利用できるとは思えない、と一行は考える。
だが、最後尾を進んでいるエスティナは別のことがさっきから気になっていた。
この遺跡の洞窟に入ってから歩くスピードが他のメンバーに比べて遅くなりがちで、しかも時折り後ろを振り向いているのだ。
最初にそんな彼女の様子に気がついたのは、彼女の前を歩いているフェリシテだった。
「どうしたの、トリス?」
「誰か……私たちの後からついてきているような気がするのよね」
「え?」
不穏なことを言い出したフェリシテに他のメンバーは足を止め、一斉に後ろを振り向いてみるが特に変わった様子はなかった。
「……誰もいないけど」
「うーん、それならそれで良いんだけど……さっきからずっと後ろから人の気配を感じるのよね。それから魔力の気配も感じるから、気のせいじゃないと思うんだけどなあ……」
妙な気配を感じるフェリシテに対し、そこまで気になるなら実際に確認してみた方が早いだろう、とリュディガーとアレクシアが確認しにいくことになった。




