45.妙な不安感
一行がキャンプを張ったその先にあるカーレヴェン渓谷を抜ければ、ようやくダリストヴェル山脈にたどり着く。
フェリシテいわく、カーレーヴェン渓谷を抜けてダリストヴェル山脈に入るだけなら橋が架からないルートを通れば良いだけだ。
しかし、橋の建設が行なわれているルートはかなりの近道……つまりダリストヴェル山脈に入る最短ルートになるので、ここを通り抜けることができれば大幅な時間短縮に繋がる。
当然、橋が繋がっていない今の状況では遠回りするルートを通らなければならないので、フェリシテが言っているのは恐らくそういうことなのだろうと一行は考える。
しかし、今の一行には軍資金以外にも金が要るので橋の建設の依頼を請け負ったのだ。
残っているのはその橋の建設の依頼と、そのダリストヴェル山脈での採集活動だが……リュディガーだけはここまで来て何故か気が乗らない。
(何だろう……この妙な不安感は?)
何故かあのカーレーヴェン渓谷の方から、自分の頭の中に不安を覚えてしまうような気配が伝わって来る。
だが、今はそれが何なのかまではわからなかった。
そのカーレーヴェン渓谷まで、朝食を摂った後に出発して昼前に到着した一行。
フェリシテの情報によると、この辺りはパールリッツ平原に比べると魔物の数は普段から少ないという。しかし、この渓谷でも定期的に魔物の討伐が依頼として出ていることもあり、ダリストヴェル山脈に向かう旅行者や山脈方面からやってくる観光客などにとって脅威となるのは間違いない。
今回の魔物の討伐依頼場所はパールリッツ平原だけなのだが、もしここでも魔物に遭遇するようなことがあれば戦いは避けられないだろうと一行全員が考えている。
だが、山脈に続くこの平坦なルートの異変にアレクシアが最初に気がついた。
『妙だな』
「どうしたの、アレクシア?」
『ここを見ろ。魔物の足跡なんて全然ない。その代わりここを通った人間の足跡はかなりあるようだな』
アレクシアが指差した場所を見てみると、土の地面に確かに多数の足跡が残っているのが確認できる。しかもまだまだ残って時間が経っていない、かなり新しいものだ。
となれば、自分たちよりも先にここに踏み込んだ多数の人物の存在があるということを物語っている。
「うーん、遺跡の調査部隊は全員もうすでに遺跡周辺でキャンプを張っているはずだから……観光客かしら?」
「もしかしたら黒ずくめの集団って可能性もあるわね」
いずれにせよ、先に進んでみなければフェリシテの予想もトリスの予想も当たっているかわからないので、警戒心を強めながら先へと進む一行。
しかし、平坦なルートとはいえここは山脈に続く渓谷。自然の地形が一行の進軍スピードを自然と鈍らせる形になる。
「もー、ここって何でこんなに歩きにくいのかしら!?」
『自然の地形だから仕方ないだろう』
「いや、そりゃそうだけど……」
ボソッと正論を呟くアレクシアに対し、もっと気の利いた返しはできないのかと心の中でエスティナは思ってしまう。
そんな渓谷を進むにあたって助かった点といえば、道中の魔物が小型のものしかいないことである。
この世界にはそれこそ、ここに来る前に倒したばかりのオオカミやアレクシアが倒したワイバーンやケルベロスなど、この一行のような人間よりも明らかに大きな体躯を持っている魔物がいくらでもいるのだ。
そういった大型の魔物を相手にするとなると、人間一人の力ではどうにもならないことの方が多い。
だからこそ、冒険者たちは必然的にパーティを組んで行動することになる。
もちろんパーティを組まずに一匹狼の冒険者として活動する者もいるが、大多数は同じ目的を持つ、もしくは行き先が同じである冒険者同士でパーティを組んで、一時的な仲間として活動するのがギルドでは当たり前になっている。
こうして今パーティを組んでいる一行も、協力して魔物を倒しながら渓谷を進む。
パールリッツ平原と魔物のバリエーションは余り変わらないものの、渓谷だからか鳥型の魔物が多いのが特徴だ。
人間と違って空を飛ぶことができる鳥類の魔物となると、空に飛ばれてしまったら弓か魔術かで対抗するしかなくなってしまう。
「もー、あの魔物は全然下に降りて来ようともしないから攻撃が全然当たらないわね!」
「落ち着いてよエスティナ。焦らずにじっくりとチャンスを窺うのよ」
「わかってるけど……」
実際、今も鳥類の魔物のグループに一行は苦戦しながら進んでいる。こういう時に弓使いがいればかなり楽なのだが、あいにくこの一行の中にはトリスしかいない。
残りは空中に浮くことができるアレクシアの魔術で何とかなっているが、その彼女の魔力も無尽蔵ではないので、いつまでも彼女に頼るわけにもいかなかった。




