42.月明かりの下の戦い
飛びかかってくるオオカミを左右に転がって回避し、なるべくターゲットを絞らせないように二方向に散開した上で戦いを進める。
非常に素早い動きをするこのオオカミに対して、人間の自分たちでは身体能力でとても敵わないからだ。
ある程度はオオカミのモーションから次にどう動くかを察知できるものの、急な動きにはなかなか反応出来ない。
「っ!?」
事実、今もリュディガーがそのオオカミの飛び付き噛み付きに危うくやられそうになったのを、すんでで身体を捻って回避する。
それに、敵はオオカミだけではない。
今の時間は既に日も落ちて辺りが薄暗く、頼りになるのは月明かりだけの状況。その視界の悪さに加えて、野営地から次々に現れる黒ずくめの集団とも戦わなければならないのだ。
「うわっ!?」
全く予期せぬタイミングで、エスティナが何かに足を取られてしまった。
とっさの反射神経で立て直すものの、それを好機と見たオオカミが再び飛びかかってくる。
「ふんっ!!」
今度は避けきれないと悟ってダメージを覚悟したエスティナの目の前で、オオカミに対して矢を発射して加勢するトリスの姿が目に入った。
「ギャウンッ!?」
「大丈夫!?」
「あ、ありがとう……」
その矢はオオカミの目にクリーンヒットし、空中で強制的に軌道を変えられたオオカミは変な体勢になって地面に落下し、地面をのたうち回る。
エスティナが足を取られてしまったのは、先ほどアレクシアが発見したこの野営地の侵入者対策として設置されているロープのトラップがあったからだった。
かなり広範囲に設置されているらしいそれは、この暗くなる時間帯で見えないトラップとして人間たちに襲いかかっているのだ。
オオカミは先ほどのトリスの矢でダメージを食らっているので、ここから一気に畳みかけるべく一行は動きたいのだが、黒ずくめの集団がそれをさせてくれない。
いや、それ以前に何かがおかしいとリュディガーは感じていた。
(さっきからあのオオカミの動きを見ていると、黒ずくめの連中には攻撃していない……?)
いや、攻撃していないのはオオカミだけではない。
アレクシアもまた、なぜかあのオオカミには攻撃せずに黒ずくめの集団ばかりを相手にしているのだ。
前に自分をケルベロスから救ってくれた時のように、アレクシアの実力ならあのオオカミもすぐに倒せるはずなのに。
これは一体どういうことなのだろうか、とリュディガーは首をかしげながら自分もまたオオカミへの攻撃に加勢する。
「グゥゥゥ……!!」
「起きる前に一気に決めるわよ!」
目に刺さった矢の痛みに慣れてきたそのオオカミが体勢を立て直す前に、まずはエスティナがロングソードで縦斬りの先制攻撃。
それをダメージの残る身体でギリギリで回避したオオカミだったが、そこに再びトリスの放った矢が炸裂。
しかも兄とは違い魔力がある彼女は、その魔力を乗せた高威力の矢を発射した。
それによって今度は前の右足にダメージを受けたオオカミに、ソードレイピアの先端を使ってオオカミの顔面をど突くリュディガー。
「ギャン!!」
「アレクシア! 俺をあのオオカミの上に持ち上げてくれ!!」
『え……わ、わかった!!』
フサフサの灰色の毛並みを持っているオオカミから悲鳴が上がるが、それを気に留めずリュディガーがオオカミの眉間めがけて、空中からアレクシアに落とされる形でソードレイピアを両手でしっかりと柄を握って、上から下にザックリと突き刺した。
「グアアアアッ!」
遠吠えとはまた違う、夜空に大きく響き渡る悲鳴が空気を震わせる。
思わず顔をしかめるリュディガーだが、オオカミがバランスを崩して横倒しになろうが握ったその柄は離さない。
「やかましい!!」
同じくその声に顔をしかめていたエスティナが、オオカミの頭に向かって再度ロングソードを振り下ろせば、絶叫が途中で途切れる形になって巨大な魔物は絶命したのだった。
が、ここで予想外の事態がまた起きる。
「ちょ、ちょっと何するのよぉ!?」
「!?」
フェリシテの声にリュディガーとエスティナがほぼ同時に振り向くと、視線の先には黒ずくめの集団がフェリシテの首筋に短剣を突きつけているではないか!!
「なっ、おい、何してるのよ!!」
「見れば分かるだろう、この女は人質だ!」
トリスの声に対して勝ち誇った声色でそう宣言する黒ずくめの集団の一人は、一行に次の要求を出す。
「お前たち、まずは武器を捨てるんだ。それから馬も頂いて行くぞ!!」
「くっ……」
オオカミと戦っている一行の目を盗まれ、フェリシテを人質に取られてしまっている以上、下手な真似はできない。
そう考えて武器を捨てるエスティナとトリスだったが、一方のリュディガーはとんでもない行動に出る。
「……わかった、捨てる」
普段と変わらない、暗めのトーンの声でそう呟いたリュディガーは次の瞬間、何と自分のソードレイピアをフェリシテと黒ずくめの集団の方に向かってまるでトリスの矢のごとくまっすぐにぶん投げた!




