403.エンヴィルーク・アンフェレイア
ヘルヴァナールのことはもうすでにいろいろな歴史書で書かれているから説明不要だとしても、エンヴィルーク・アンフェレイアという世界はこちらの世界で生きている人間たちにとっては全く知る由もないことである。
それについてはさわり程度であるが、アサドールが発見した書類の束の中に記載されていた。
『別々の歴史を歩み始めた二つの世界。そのうちエンヴィルーク・アンフェレイアの方では、獣人と呼ばれる人間とはまた違う存在を生み出した』
「獣人って……ジェバーが言ってたあの裂け目から出てきたって、動物みたいな奴らのことか?」
というかそれしかないだろーな、とラシェンが予想した通り、獣人たちはそのエンヴィルーク・アンフェレイアの種族のようだ。
『ああ。この獣人とやらを部下として使役し、この世界を掌握するのがニルスの目的らしいのだが、彼にはどうやら師匠がいるようだな』
「師匠ですって?」
まさかその師匠とやらもこちらに来ているんじゃないでしょうね、とフェリシテが訝しげな視線をアサドールに送りながら聞いてみるものの、それはないとの答えが返ってきた。
『いいや、彼の師匠は向こうの世界を荒らす予定らしい。そしてその弟子であるニルスがこちらの世界を荒らすとの話がここに書いてある。つまり、ニルスがこちらの世界に来たのはつい最近らしいな』
「そうとなると、俺たちでこちらの世界に来た弟子を止めなければどちらの世界も滅びてしまうということか……」
ジアルがいう通り、非常に厳しい戦いが待っている。
書類によれば、向こうの世界はこちらの世界と似たような文明を持っているらしいのだが、こちらの世界よりも高度な文明もあるとのことで興味は沸く。
だが、今はそれよりもニルスを止めることが一番重要だ。
そしてこの先、そのニルスを止めることができるのは自分たちだけなのだが、このゼッザオの総本部を乗っ取って何をするつもりなのだろうか?
それをジアルがアサドールに聞いてみるが、口を開いたのは彼ではなくずっと黙って話を聞いていたセルフォンだった。
『それは恐らく……この地下にある特大な魔術砲を利用するつもりだろうな』
「前に言っていたあれの話だな。確かに下に向かうにつれてここは警備が厳しくなっているようだが、地下は何階部分まであるんだ?」
地上から最上階までは全部で百階あるのだと聞いているが、そういえば地下に潜ってみた先は何階部分まであるのかはわからない。
まさか地下も百階あるのではないのだろうな……とやや不安に思いながら質問したジアルだったが、セルフォンは意外な答えを出してきた。
『地下は全部で五階だ』
「え……それだけなのか?」
『なんだ、もっとあった方が良かったか?』
「いや、そうじゃなくてなかなか意外にも少ない階数なのだなと驚いているだけだ」
ジアルがホッと胸を撫で下ろすが、セルフォンから次に出てきた言葉でその気持ちを撤回せざるを得なかった。
『まあ……確かに階数としては五階分しかないのだが、横に広いんだ』
「横?」
『ああ。この地下一階部分はまだそこまでではないんだが、地下二階部分からはそなたたちの王都や帝都といった広い町が三つとか、多い場合には五つとかそれぐらい入ってしまうほどの広さがある』
「何よそれ……広すぎるじゃない!!」
思わず心の声を思いっきり吐き出してしまったフェリシテだが、これぐらい広い地下を造ったのにはキチンとしたわけがあるらしい。
『それは確かにそう思うだろうな。だが、そういうふうに地下を広く造ることによって突然の自然災害や敵が攻めてきた時に、国内の住民たちや野良の動物たち……それからドラゴンたちなどを地下に避難させることができるからだ』
ガッチリ頑丈に造ることによって、地下に鉄壁の防空壕を建造してあるこの城。
そしてその最深部には、これから自分たちが向かおうとしている魔力砲が鎮座しているのである。
万が一地上に出るための出入り口が埋まってしまったとしても、全部で百ヶ所の別の出入り口を造ってあるだけあってそうした体制もしっかりしていると自負している。
『だが……この下からは恐ろしいほどの魔力を感じる。魔力法とはまた違う類の、この世界の魔力ではないようなものだ』
『わらわもそれは感じる。おそらくその違う世界の生物が次々に侵入してきているんだと思う』
もしそれらが百か所ある出入り口を通って地上へと出て、他の大陸へと渡っていくような事態になったら、今度こそこの世界は終わるかもしれない。
それを絶対に阻止しなければならない一行は、未知なる生物たちが待ち受けているであろう地下二階から先へと向かって歩き始めるのだった。




