38.通行制限の理由は?
帝都のアクティルを出てからダリストヴェル山脈までは、馬を普通のスピードで進ませて大体三日程の道のりになる。
その途中で魔物に襲われたりしたら話は別なのだが、自然が多い帝国の東側も今は魔物の駆除が進んでいるのでさほど心配は要らないはずだ、とフェリシテはリュディガーに話していた。
「まずは魔物討伐の依頼があったパールリッツ平原を超えて、そこから今度は渓谷に向かう途中にかかっているエーヴィド川を渡らなきゃね」
「川を渡るための移動手段はあるのか?」
「ええ、確か渡し用の小舟が出ているはずよ。それで川を垂直に横断したその先が橋の建設の依頼があったカーレヴェン渓谷で、そこを抜けてやっとダリストヴェル山脈だから」
馬を横並びにさせて会話する男女は、東へと向かって着実に進んで行く。
「それから、少し遠回りにはなるけど川を陸地で横切るルートがあるのよ。アーエリヴァに向かうために舟が調達できなかったらそっちを使おう」
「分かった」
渓谷の中にもわざわざ橋を使わなくても東へ向かって進めるルートがあるのだが、その橋を建設中のルートが実は一番ショートカットできるものなので、そこを通れるのであれば通りたいと思っているリュディガー。
だが、その平原を通り抜ける時にやることが二つある。
「えーと、確か通行制限がかかっているって話だったからそれがどんな状況なのかを確かめるのと、依頼の一つの魔物討伐を済ませて行かなきゃな」
リュディガーの選んだ魔物討伐の依頼だが、幸いにも大型の魔物を相手にするというようなものではなく、小型の凶暴な魔物が数体出没して通行する国民の迷惑になっているので速やかに討伐して欲しい、との内容だった。
討伐したらその証拠として魔物の部位を持ってギルドに届けることが、成功報酬との引き換えの条件らしい。
それだけなら特に問題はないと思うので心配はしていない一行だが、もう一つのやるべきことが気掛かりである。
「問題はその通行制限がどこまでかかっているかだろうな……」
青い手袋に包まれた指を顎に当てて考えるリュディガーの言う通り、こっちの度合いによっては魔物討伐の依頼まで影響が出てもおかしくないのだ。
しかし、まだ現状を見ていない以上は確認のしようがないし、馬を借りた村の住人にそのことを訪ねてみてもパールリッツ平原の山脈の方の道に通行制限が掛かったのはつい数日前で、それから平原には村人も制限が解除されるまでは近づかないようにしているので分からない、との話だった。
結局は自分たちで現状確認をしなければならないのだが、なぜ通行制限をするのかが疑問である。
「そもそも通行制限の理由って何なんだ?」
「さぁ~? あの村で私たちが聞いた限りだと、傭兵集団が中心となってその通行制限の話を進めていたって話だから、何か傭兵絡みのことなのは間違いないと思うけど」
リュディガーの質問に、煮え切らない態度でエスティナが首をかしげる。
村の住人たちの元に傭兵集団がやって来て、平原に通行制限をかけるから、山脈の方にはしばらくなるべく近づかないようにとの通達が出されたのが数日前。
だが、傭兵絡みの話となると思い当たる節が一つだけトリスにあった。
「あれ、そういえば黒ずくめの集団の一部を逃がしてしまったって報告が騎士団からなかったかしら?」
「ああ、それは確かに。ということは私たちが行く先々で、傭兵集団を名乗っているのかもしれない例の黒ずくめの集団が待ち構えている可能性があるわね」
もしフェリシテの予想が当たっていたとしたら、いずれまたその黒ずくめの集団とぶつかることになるだろう。
その話はひとまず置いておき、今リュディガーたちが考えるのはどんな魔物が討伐対象なのかということである。
『そんなに数も多くないから、肩慣らしには十分って感じだな』
依頼書を確認しながらそういうアレクシアの視線の先には、討伐対象として「野ウサギ三匹、大型オオカミ一匹、大蜘蛛二匹」の文字がある。
「アレクシアのいう通り、確かに肩を慣らすには絶好のターゲットだろう」
『内容は問題ないが、どうやって戦うかの役割分担は必要だな』
リュディガーの使うソードレイピアは突くだけで無く横切りも可能だが、細身の武器なので余り大きな魔物相手にはパワー負けしてしまう。
帝国騎士団から一行に支給された武器としては、フェリシテがいつも使っている杖とナイフ。エスティナがナイフ二本とロングソード。そしてトリスがナイフとロングボウである。
リュディガーはバルドとお互いの実力を確かめるために何度も手合わせをしているが、その時も武器の特性から自分の戦い方を考えていた。
パワーと広い攻撃範囲で押し切ろうとするバルドに対して、リュディガーは相手の隙を突くような嫌らしい動きで対抗していた。
そうした手合わせを何度もしてきたことにより、戦場での自分の戦い方は分かっているつもりではあるが、今回こうして組むパーティーの中での実戦のシチュエーションはもちろん初めてである。
「なら俺はオオカミをやる。トリスとフェリシテは後ろからそれぞれ援護。エスティナは野ウサギを任せるぜ」
『わらわは?』
「お前は温存しておく。どこで傭兵たちが襲ってくるかわからないから、なるべく精霊の力を借りないで進めるようにもしておきたい」
『そう、か……』
アレクシアが強力な魔術を使えるのは、すでにあのケルベロスとの戦いで実証済みだ。
だがそれ以上に、波止場で出会ったあの黒髪の魔術師に対してリュディガーは得体のしれない不気味な気配を感じたからこそ、今はアレクシアを温存しておこうと決意した。




