387.ドア
その思い切った決死の近道が、ヴァンリドに逃亡させる隙を与えずに済んだことになる。
ローエンは目の前にあるドアを開け、そのまままっすぐ進んでヴァンリドが行きそうな所を探してみることにしたのだが、その開けたドアの先に広がる部屋の奥の壁がシューッと音を立てて横に動いた!!
そしてそこから姿を現わしたのは、先ほどリュディガーを刺してから逃げていったヴァンリドだったのである。
彼は自分の目の前に先回りしてきたローエンの姿を見て、明らかに驚きを隠せていなかった。
「なっ……お前、いくら何でも早すぎるだろう!!」
「ふん、貴様だけは絶対に逃がすわけにはいかないのでね」
「しつこい奴め……まあいい、私を追いかけてきたことを後悔させてやる!!」
そう言いながら、先ほどリュディガーを刺した時の血がベットリとついたままのロングソードをビュッとローエンの方に向かって一振りし、血を払い飛ばす。
それをかわしつつローエンも自分のロングソードを引き抜き、剣術と魔術を駆使して戦う。
回復魔術はリュディガーには効かないものの、自分は元々回復魔術よりも攻撃魔術の方が得意なので、アレクシアに彼を任せて正解だったと考えながら、この事件の元凶の一人に立ち向かう。
相手のヴァンリドは暴君で有名だったとはいえ、流石にその暴君として君臨するだけあって武芸にも秀でているらしく、騎士団長のローエンと年齢が少ししか違わないこともあってなかなかの拮抗した勝負を見せる。
(単純に暴君と呼ばれていないということか……)
考えてみれば、あれだけのパラディン部隊を騎士団として取りまとめているだけあって生半可な魅力ではついてこないのであろう。
もしくは暴君として君臨し、恐怖政治で自分に逆らう部下や国民を容赦なく処刑していった結果で残ったのがあのパラディン部隊たちなのかもしれないが、今となってはそのパラディン部隊たちも全て壊滅してしまったために知る由もない。
それにローエンにとってはこのヴァンリドを含めた空中大陸を破壊しない限り、最初に消し去られてしまった町のように他の町に被害が出てしまう可能性があるから、何としてでもここで決着をつけなければならないのだ。
「ふっ!!」
「甘い!!」
繰り出されるヴァンリドのロングソードを上手く弾いて反撃するローエン。
自分だって元々は現在の主君であるカルヴァルとともにイディリークに反旗を翻した一人である。
それまではカルヴァルの下について王宮騎士団の副騎士団長をしていたが、この大陸に追放されてカルヴァルが新ラーフィティア国王となってからは、自分が騎士団長として一緒に追放された人間たちを纏めてくれと言われている。
そして王宮副騎士団長の地位まで上るには、それこそ統率力や騎士団の運営能力以外にも、武芸の腕も求められるものだった。
そうやって今のこの地位を掴んだだけあって、例え暴君相手にも負けるわけにはいかないローエンのロングソードが踊る。
そこに魔術も織り交ぜてヴァンリドを追い詰めようとするが、ヴァンリドはここで意外な行動を取る。
「くっ……」
(逃げる気か!!)
不利と悟ったのか、ローエンに背を向けたヴァンリドは先ほど自分が出てきたあの隠し通路へと逃げ込んでいく。
当然それを追いかけるローエンだが、それこそがヴァンリドの待ち望んでいたローエンの行動だったのだ。
「ふんっ!!」
「くっ!?」
自分を追ってきたローエンが、ロングソードを握っている右手を扉の中に突っ込んできたと同時に、ヴァンリドは足を使って全力で扉を閉める。
するとそこにあるローエンの右腕はドアと壁に挟まれて……。
「……ぐあああああっ!?」
右腕が逆に折れ曲がるのがわかったと同時に、ローエンの右手からロングソードがこぼれ落ちる。
それを見たヴァンリドはいやらしい笑みを浮かべながらドアを開け、逃げ場のないこの場所でローエンを仕留めるべく右手のロングソードを振るった。
しかし、ローエンは咄嗟に前に出つつ左手を使ってヴァンリドの髪の毛を鷲掴みにして、全力の頭突きを彼の顔面に向かってお見舞いする。
「ぐがっ」
鼻の骨が折れて鼻血が吹き出したヴァンリドは、ローエンと同じようにロングソードを落としてしまう。
それを見たローエンは一気にしゃがみ、先ほど落としてしまった自分のロングソードを左手で拾い上げ、低い体勢のまま斜め上に向かってヴァンリドの腹部を突き上げる。
「がはぁ……!?」
「むん!!」
「ぐへっ!!」
その体勢のまま一度ロングソードを手放し、まるでカエルのように低い体勢を利用した飛び上がりからの頭突きをヴァンリドの顎に向かってお見舞いするローエン。
人体の急所の一つに強烈な頭突きを受けて、流石の暴君も一瞬意識が飛んで視界が歪む。
その隙を見逃さなかったローエンは、ヴァンリドの腹部を突き上げたままのロングソードを、彼の腹部を抉りながら左手で引き抜いてから今度はしっかりとその心臓目掛けてロングソードを突き立てた。
「がはっ」
その奇妙な一言が、ヴァンリドの生涯最後の言葉となって彼は絶命する。
ローエンは左手でロングソードを引き抜いて血を払い飛ばすと、折れた右腕の治療をしてもらうべく仲間たちの元に向かって踵を返して歩き出すのだった。
第八部 完




