31.現れた巨大生物
その巨大な生物は、リュディガーがまだ波止場で戦っているころにこのアクティルへと降り立ったものだった。
それを最初に目にしたのは、バルドと別れた後に休憩時間をもらって休んでいたトリスだった。
「えっ……な、何?」
真っ先にその音に気が付いたエスティナが吹き抜けの方向を見上げると、大きな黒い影がバサバサと音を立てながらこのアクティルに向かって降りて来るのが見えた。
「なっ……」
「わ、ワイバーン!?」
何と上空から降りてきたのは大きなワイバーン。周囲の人間がざわめくのも無理はない。
しかもその降下のしかたを見るともたつく様子が全く見られないので、いったい何がどうなっているのかしらとトリスが首をひねった時、ワイバーンがいきなり咆哮を上げた。
『ガアアアッ!!』
「きゃっ!? かなり怒っているみたい……!?」
料理屋からほど近い場所にある、アクティルの中央広場に降り立ったワイバーン。
野次馬のように駆けつけてそれを見たトリスは、自分が騎士団に顔が利くのを利用してすぐにワイバーンの襲来を伝える。
どうしてここにワイバーンがいきなり現れたのか? 何が目的なのだろうか?
それを人間の言葉で口に出して伝えようとしても、ワイバーンは人間の言葉を理解出来ないので伝え様がない。
どちらにせよ、この状況ではどうにかしてチャンスを窺って周辺住民を逃がすのが良さそうだ。
(お兄ちゃんは今頃波止場のある町に行っているはずだし、巻き込まれないのはよかったけど……でもこのままじゃあアクティルが危ないわ!)
ワイバーンはその身体能力だけではなく、中には魔術を使う厄介なタイプもいる。もしこのワイバーンもそうだとしたら、人間たちにはますます勝ち目はない。
もっと落ち着ける状況であれば違う作戦も考えついたかも知れないが、状況が状況だけにそんな悠長なことなんてできやしないとトリスは考える。
そこで警備隊員や騎士団員たちに応援を求めて奔走した結果、トリスとは顔見知り程度の知り合いであるが、何度か食堂に食べに来てくれたことがあるジアルという騎士団長が直々にやってきてくれた。
オレンジ色の髪の毛と黄緑色の瞳を持っている若き王宮騎士団長であり、槍を主に愛用の武器として戦う男で、リュディガーもトリスも何度か彼と顔を合わせたことがある。
「あれがワイバーンか。だったら俺がまずワイバーンのターゲットになる。その間に住民の避難を頼むぞ」
「分かりました。本当は私もベリウン騎士団長の力になりたいけど、今の私の弓の腕じゃちょっと無理そうだから、ここはお任せします。でも絶対生きて私たちにまた会いに来てください」
「もちろんだ」
ジアルはそう言ってから、相変わらず怒りの様子を浮かべているワイバーンに対して愛用のロングスピアを構えた。
その様子を見て、ワイバーンはジアルを目標として認識してくれたようであり、バサバサと翼を動かして一旦飛び上がる。
『ガアアアッ!!』
もう一度咆哮を上げ、ワイバーンはグルリと旋回してトリスとジアルに向かって突っ込んで来た。
「よし、走れ!」
そのジアルの声を合図にして、一気に走り出すトリス。
とにかくもっと応援を呼んでこなければならない……そう考えてメインストリートを駆け抜けていた矢先、路地の一つからひょっこりと見知った顔の人間が姿を現した。
「あれっ、トリスちゃん!?」
「あっ、バルドさん! 息切れしてどうしたんですか!?」
「そりゃあこっちのセリフだよ。さっき、ワイバーンが降り立ったのが見えたからあわてて駆け付けたんだけどよ……ちょっとまずいことになっちまってるぜ!」
「えっ?」
バルドはトリスに、黒ずくめの集団がフェリシテとエスティナを狙っていることを伝えた。
それを聞き、トリスは首をかしげる。
「それってワイバーンと関係ありますかね?」
「どうだろうな……? でも、ワイバーンが現れるのがちょっとタイミング良すぎな気はするから、きっと無関係じゃねえと思う」
「と、とにかく今はワイバーンに対抗するための人たちを集めましょう! ベリウン団長も来てくれたんです!」
「そいつは助かるぜ! 俺もさっきいくつかの詰め所に声かけてきたからよ! じゃあ頼んだぜ!」
だが、まだまだ対抗できるだけの人数には程遠いだろう。
人間とは何倍もスケールの違う巨大な生物を相手にするには、もっと人間を……それも空を飛べるワイバーンが相手なので弓や魔術を使える人間を集めるべきだ。
トリスもバルドも、それを念頭に置いてアクティル中を駆け回る。
そしてバルドも、トリスと同じくワイバーンの目的について考えるのは当然の流れだったのだが、彼は別のことに気が付いていた。
(俺の目が正しけりゃあ、あのワイバーンの背中には人間の姿が見えたぜ。だったらあれは飼いならされたワイバーンってやつじゃねえのか?)
そこまでバルドが考えながら、近道のために路地裏を走っていた時。路地の奥からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
それも一人では無く、恐らく三~四人はいると思われる複数の足音だ。
更にその足音に混じって、聞き覚えのある声も聞こえて来た。
「ちょ、ちょっとお!! 離してよお!!」
(この声……!?)
その声を聞いたバルドは一目散に路地の奥へと向かう。
そしてその先にある、路地を抜けた先の広場へと出てみれば、そこではなんと数人の武装した黒ずくめの男女に囲まれているトリスの姿が。
しかも身体にロープをグルグルと巻きつけられて、見るからに拘束されてどこかに連れて行こうとされていた。
「おいっ、てめえら何やってんだ!」
「くっ、見つかってしまいました! こうなったら強行突破ですよ!」




