314.侵入者
「まさか騎士団長だったとは……」
最初に出会った時はそんなことはマルニスは一言も言っていなかった。
しかも、ああして危険な前線にわざわざ騎士団長の立場にある人間が行くものなのか? と疑問に思うが、よくよく考えてみるとヴィーンラディのジルトラックだって警備隊の総隊長だったわけだし、こういう話は割とあるのかもしれない……と考えるリュディガー。
だがそれよりも考えなければならないのは、どうして自分にこのアーエリヴァの皇帝殺害容疑がかけられているのかということである。
それについては真っ先に説明してもらわなければ納得できないので、リュディガーはそれを早速切り出した。
「……だがそれよりも、俺は皇帝殺害なんてしていない。説明してくれ」
「ああ、それはわかっていますよ」
マルニスもそのリュディガーの質問については当然予想していたようで、一つ頷いて話を始める。
するとその第一声から、リュディガーにとっては想定外の言葉が出てきた。
「わかっていますよ……あなたが陛下の殺害なんて企てるような雰囲気には見えませんし、あなたがやっていないことはこちらでも把握済みです」
「はっ? ならどうして俺をここまで連れてきた?」
だったら逮捕なんてする必要がないだろうと食ってかかるリュディガーに対して、マルニスは相変わらずの穏やかで丁寧な口調で説明を続ける。
「実はつい先日、陛下が住まわれている城の中に侵入者が現れましてね。その侵入者が陛下を殺害しようとして陛下の抵抗に遭い、騎士団の追跡を振り切って逃走しました」
その時にこのメモを落としていったんですよ、と言いながらマルニスは一枚のメモをリュディガーに見せる。
そこに書かれていたのは「シークエルを毒殺してリュディガーに報告すること」という文章だけだったのだ。
「リュディガーというお名前は探せば世界中にいろいろといらっしゃいますが、それが誰なのかはわかりませんでした。それで調査を始めたのですが、あなたにたどり着く決め手になったのは逃げていった襲撃犯の顔でした」
「顔?」
まさかその襲撃した犯人は顔を見られていたのか? とリュディガーが聞いてみれば、マルニスはええ……と苦笑いをしながら答えた。
「逃走する時に何人かの騎士団員と武器を交えて、その時に顔を覆っていた覆面用の布が取れてしまったみたいでしてね。その顔を見た団員たちの証言から、実行犯は世界でも名だたる傭兵として知られているリヴァラットという男でした」
「あいつが……」
全然姿を見ていないなと思ったら、まさかこんな場所でこんな騒ぎを起こしていたなんて……とリュディガーは頭を抱える。
なかなか名前も顔も知られているだけの実力はあるのはリュディガーももちろん知っていたので、そこからアーエリヴァの総力をあげて自分にたどり着いたのだろうとはすぐに予想できた。
「はい、リュディガーさんのおっしゃっている通りです。そしてリュディガーさんが今どこで何をしているのかも一緒に調べて突き止めたのですが、まさかあなたたちがアーエリヴァにいるとは思ってもみませんでしたよ」
だからサソリ退治も兼ねてこうして会いにきたんですというマルニス。
ただし、その陛下殺人未遂が起こった時にはまだリュディガーは別の国にいたということ、そもそもリュディガーがリヴァラットたちのパーティーから追放されているというのもわかったので、その追放したリュディガーにわざわざこの話を報告する必要もないだろうと考えるのも自然な流れだった。
「だからリュディガーさんがこの殺人計画に関わっているという可能性は限りなく低くなりますし、僕が最初あの地下迷宮でアーエリヴァ帝国騎士団の人間だと名乗った時に、あなたは慌てもしていませんでしたからね」
そのリュディガーの反応から、この男はシークエル陛下の殺害に関わってはいないと判断したマルニス。
だが、やはりリュディガーが気になるのはそれがわかっていてどうしてこう自分を逮捕したのだろうかということである。
それについてはマルニスの作戦だった。
「あなたがアーエリヴァ帝国騎士団に逮捕されたという話が流れれば、向こうも何らかの行動を起こすでしょう。ですからすぐに釈放にはなりますが、実行犯であるリヴァラットたちの動きを窺うために少しこの帝都に滞在したままでお願いできますか」
「まあ……事情は大体わかったが、リヴァラットはさすがに俺の属していた傭兵パーティーのリーダーをやっていただけあって、そんなに簡単に尻尾を出すような奴じゃないからな」
シャレドほど冷静でもないがそれなりの落ち着きは持っており、リーダーを張るだけあってこうした行動力はあるぶん、引く時は引くというメリハリもしっかりつけられる厄介な男である。
だから捕まえるのはなかなか厳しいんじゃないかと考えるリュディガーだが、結局のところはまず他のメンバーにも協力を仰がなければ成功しなさそうだと思うのだった。




