305.三人目の傭兵
「はあっ、はあっ……まさか、このアガートが……!!」
何をされてもビクともしなかったはずのアガートが、真っ二つにへし折られる形で破壊されてしまったこの現実をまだ受け止めきれないままのシャレドは、何とか出入り口から這い出て逃亡を図る。
敵に背中を向けることも時には必要なので、ここはさっさと逃げ切ってこの事実をニルスやリヴァラットに報告しなければならない。
とにかく誰かに迎えに来てもらわなければならないので、魔晶石を取り出して連絡を試みるシャレドだったが、そんな彼の元に殺気が襲いかかってきたのはその時だった。
「逃がすものか!!」
「……!!」
その殺気に対して、今までの傭兵生活で培った反射神経で飛び退いたシャレドの目に映ったのは、馬を使って追いついてきていた役立たずのリュディガーだった。
「どうやらあのアガートとやらも、もう使えなくなってしまったようだな。大人しく降伏すれば命だけは助けてやれるかもな?」
「ふふふ……役立たずの分際で何を言っているのやら?」
「その役立たずだという、魔力がないという理由を今の自分たちの武器として使っているのは皮肉なものだと思わないか?」
ソードレイピアを構えながらそういうリュディガーに対し、シャレドは薄ら笑いを浮かべながらもヒクヒクと顔が引きつっている。
「なるほど。グリスやグレトルを倒したからといって調子に乗っているようですが、私を相手にしてもその減らす口が叩けますかね!?」
「来るなら来てみろ!!」
「それでは……遠慮なくっ!!」
愛用の二刀流でリュディガーに立ち向かうシャレドだが、幾多もの強敵を相手に修羅場を潜り抜けてきたリュディガーにとっては、もう見切れない相手はなかった。
とはいうものの決して油断できる相手ではない。
手数は圧倒的にシャレドの方が多いので、リュディガーは防戦しながら反撃のチャンスを窺う展開になるのは当然といえば当然だった。
砂漠特有の地面であるサラサラとした砂が滑りやすいのが特徴であり、二人の動きに時折りぐらつきをもたらすのであるが、そんなものに構っていられない。
……いや、それについては嫌でも構わなくなってしまう事態がこの後に発生する。
「ほらほら、どうしました? 反撃しないと私は倒せませんよぉ!?」
「くっ……!!」
後ろで束ねた黒い長髪をブンブンと振り乱しながら、素早いながらも決して雑ではない……むしろかなりの精度を誇る軌道でリュディガーに襲いかかるシャレドの二刀流。
次第にリュディガーは後ろへと押されていくものの、だからといってまだ負けたわけではない。
むしろ、こうして後ろに押されていることで逆にチャンスが生まれることになるのだから。
「…………」
バックステップで後ろへと飛び退くリュディガーに追いすがるシャレド。
だが、リュディガーは彼よりも別のことに気が向いていた。
(俺がこいつに勝てるとしたら、あれを使うしかない!!)
そこまで上手く誘導できているとはいえ、冷静な性格のシャレドがこの作戦に引っかかってくれるかはわからない。
それでもやるだけやってみようと考えたリュディガーは、またもやバックステップで後ろへと飛び退き、シャレドが追いすがってくるのを確認。
「だからぁ、逃げるだけでは私に勝つのは無理ですって……」
「それはどうかな?」
次に繰り出された、両手のワンハンドソードを身体の前でクロスさせてから一気に薙ぎ払う攻撃を、リュディガーは自分から見て左斜め前に転がって回避。
攻撃を振り終わって反応に遅れたシャレドに、斜め下からの蹴り上げで蹴り飛ばしてやる。
「ぐっ!?」
「ふっ!!」
ソードレイピアを突き出すよりも速いと感じたリュディガーは、立ち上がりつつ今度は左の前蹴りを繰り出した。
普通ならそのまま後ろにシャレドが倒れるだけのはずだったのだが、今のシャレドの後ろの状況は普通ではなかった。
「う、うわ……あっ!?」
本来ならあるはずの地面がない。
いや、あるにはあったのだが思いっきり傾斜している……しかもかなり滑るそこの名前は……。
(りゅ、流砂!!)
その瞬間、先ほどなぜアガートの動きが封じられてしまったのかを理解するシャレド。
この砂漠に点在している流砂にアガートの足が取られてしまい、抜け出そうにも抜け出せなかったのだ。
そんな場所に人間が落ちていこうものなら……。
「うっ、くう、わあああああああ!!」
「……」
流砂に沈んでいくシャレドを助けるつもりは毛頭ないリュディガー。
助けてしまえば今度は自分が流砂に落とされてしまう未来しか見えない上に、自分たちの命を狙ってきたかつての仲間をなぜ助けるのかわからないのだから。
しかし、そんなリュディガーに対して慌てて駆け寄ってくる大きな姿があった。




