2.新たな冒険日誌
冒険日誌の原本は、今でもイディリークの皇帝が居る城の地下にある書もの庫に保管されており、そのコピーがイディリークのみならず世界各国の図書館に並べられて誰でも読めるようになっている。
その冒険日誌に、新しいものが見つかったとなれば世紀の大発見といっても過言ではない。
「読んでみても良いか?」
「もちろんさ。その為にお前にこうして渡しに来たんだからよ。ただし読み終わったら俺が城まで持って行くぞ。地下の書物庫に保管しなきゃならねえからな。その後でコピーしてもう一度渡すよ」
とにかく一度読んでみろ、とバルドが急かすような口調で言うので、リュディガーは一ページ目をペラリとめくってみる。
だが、そこに書かれているのは思いもよらない内容であった。
「ぜ、ゼッザオ……?」
誰かの人名だろうか、それとも何処かの地名だろうか?
謎の単語が出て来たことで一ページ目から少し混乱を覚えるリュディガーだが、それはこの先を読み進めて行けばわかるかも知れないと思い更にページをめくって行き、内容を頭の中に記憶しにかかる。
「この世界の何処かに、まだ見ぬ陸地があるということを私は聞いた。しかし、その陸地は未だに見つかっていない。私の命ももうそんなに長くはないだろうが、その陸地を見つけるまでは冒険者として頑張るつもりでいる……」
朗読して行く内に何だか気が重くなるリュディガー。
それはそばで聞いていたバルドも同じ気持ちのようだ。
「何か、初っ端からヘビーな話じゃねえか?」
その問いかけに無言で頷くリュディガーだが、彼が気になっているのはゼッザオという単語とこの冒険日誌を書いたルヴィバーが、その陸地を結局見つけられたのかどうかということだった。
「気になるか?」
「……わかるか?」
それなりに長い付き合いでもあるこの友人は、自分のことは割と何でも知っているらしいとリュディガーもわかっている。
「ああ。長年お前を見ていりゃ、今のこの本を食い入るように見つめていて、表情が少し変わったのがちゃ~んとわかったからな。バルド様を舐めるなよ」
「そうか」
ポーカーフェイスで冷静に呟くのみのリュディガーだが、内心では自分の生い立ちにも深く関係のあるこのルヴィバーが、最終的にこの国を建国するまででどうなったのかを知りたいと思い始めている。
そもそも、リュディガーの祖先がそのルヴィバーなのは周知の事実だ。
もちろんバルドも知っているものの、だからといって彼を特別扱いしたりはせずに一人の人間として接している。
このイディリーク帝国を建国した王族の家柄ではあるものの、貴族が所有するような大きな邸宅ではなく、下町にある小さめの一軒家に妹と住んでいるので自分が特別な存在だと思ったことも特にない。
両親が死んでしまってからは傭兵として生計を立てて来たし、妹だってもう働きに出ているのだから王族の生活には興味が湧かないのも、当たり前といえば当たり前なのかも知れないと自分でも思っている。
一応、王族関係者ではあるので複雑な生まれにはなるが、自分は自分だと割り切って今まで生活して来たしこれからもそうだと思っている。
しかし、その王族関係者であることで書物庫に保管される前に一足早くこうしてルヴィバーの冒険日誌を目にすることが出来たのだからその点には感謝している。
そんな彼と長い付き合いのバルドが、彼の思っているであろうことを口に出して訊ねてみる。
「気になるんだったら、自分で旅に出たらどうだ?」
「……!」
冒険日誌を読んでいたさっきの表情の変化は、それこそバルドのように長い付き合いの者しかわからないような微々たるものだった。
だが、今度は誰の目から見てもわかるぐらいにハッキリとリュディガーの顔が変化したのだ。
「図星か。今までずっと傭兵として食い扶持を稼いで来ていたとはいえ、このイディリーク帝国から出たことがなかったお前も、そのルヴィバーの血を少しでも引いているんであれば冒険に対して少なからず興味があるって所だろうな」
「……別に、そんなんじゃない」
ただ単純に、自分はルヴィバーが残したこの冒険日誌の真実を知りたいだけなんだと思っているリュディガー。
そんな彼に、バルドは突然こんなことを言い出した。
「丁度良い機会だ。旅から戻って来たばっかだが、また俺も旅に出るよ。今度はお前と一緒だからな」
「は? まさか……俺に冒険について来いって言っているのか?」
啞然とした表情のリュディガーに対し、ガタイの良い大斧使いの茶髪の冒険者である友人は当然だといわんばかりに腰に両手を当てて胸を張った。
「当たり前だろ。俺の趣味は旅行だ。食い扶持なんて日雇いの仕事でもして色々稼げば良いんだ。それに世界中を旅するにあたって、イディリークから出たことのないお前よりも確実に俺の方が世界各地のことを知っている。……そう思わないか?」