298.血痕を追った先で
『くっ……うう……』
「うわっ、グラルバルト!? どうしたのその怪我!?」
『油断した! まさかあれほどまでに強力な兵器を持ってくるとは……!!』
外に出てすぐの場所で、四つん這いになってうめいていたその男こそ人間の姿になっているグラルバルトだった。
何があったのかを聞くのは後回しにして、やはり怪我をしているようなので先にアレクシアとフェリシテによって治療が施される。
が……。
『うう……ダメだ。回復魔術は今の私には効かない!!』
「ええっ!? ……あっ、そういえば魔力が感じられないわ!!」
『まさか、何か薬みたいなものを飲まされたり注射されたりしなかったか?』
魔力を一時的に身体からなくす効果がある薬を敵たちが所持して、それをグラルバルトに使ったのなら今の彼の状況も納得がいく。
だが、グラルバルトはそんな薬は打たれても飲まされてもいないというのだ。
『さあ……君たちの話にあったそういう類の薬だが、私は使われてはいない。でも、煙幕みたいなものは当てられたな。それから魔力がなくなったんだ』
「それってどんなもの? というかあなたは魔力が消えるまでの間、一体どこで何をしていたらこんなことになっちゃうのよ?」
治療が最優先ではあるものの、こうなってしまった経緯についても説明してもらわなければならないし、リュディガーたちの状況についても話しておかなければならない。
とりあえずフェリシテは騎士団で習った応急処置をグラルバルトの至る所にできた傷口に施し、出血を止めておくことを最優先に行動する。
その甲斐もあってグラルバルトの顔色が少し良くなったようだが、問題はグラルバルトの魔力が消えてしまっているため、魔力を注入しなければ回復魔術も効かない状態が続くことであった。
なのでこれも応急処置ではあるが、アレクシアがグラルバルトの体内に魔力を注ぎ込むために彼の手を握る。
『いくらわらわでもドラゴンの魔力分は全て賄うことは不可能だが、とりあえずは気休めだと思ってくれ』
『それでも助かる』
お互いの手を伝ってグラルバルトにアレクシアの魔力が注ぎ込まれていくものの、実際にこれで魔術が発動できるかはわからないし、回復魔術だってかけたところで反応するかもわからない。
それでも少しでも望みがあるのならやってみようと考えたアレクシアだったが、どうやらグラルバルトには効き目がなかったらしい。
『どうだ?』
『ダメだな……でも傷薬なら一応持っているから、それを使ってくれ。私の上着の内側にポケットがあるんだが、そこにセルフォンが作ってくれた即効性の塗り薬がある』
「えっ、じゃあちょっと失礼するわよ」
グラルバルトの言う通り、上着の内ポケットから出てきた傷薬を応急処置した箇所に塗ってみると、少しだけだがグラルバルトの表情に余裕が生まれたようだ。
しかしどうしてこのような状況になってしまったのか?
自分の足で立ち上がり、歩いてリュディガーたちの元へと向かうことにしたドラゴンの化身である中年の武術家は、フェリシテとアレクシアが驚くのも無理はない出来事を話し始めた。
『サソリに追いかけ回されて私が一人になった後で、奇妙な風貌の三人組の男と出会った』
「三人組の男? それってラインや模様が沢山入った色とりどりのロングコートを着ていなかった?」
『いいや、違う。多分パラディン部隊の隊長のことを言っているんだろうが、格好が全然違った』
それにリュディガーとともに出会ったあの三人組の男ともまた違い、全員の髪の色が二色に分かれていたのだと証言が出てきた。
『二色の髪を持つ人間の男たちというと、ニルスたち傭兵集団でもなさそうだな。それでその三人組とそなたは何かあったのか?』
『何かあったというか……その三人が私を敵だとみなしたらしくて攻撃を仕掛けてきた』
最初は人間が何人束になってかかってこようとも、自分が負けるようなことはありえないと心のどこかでタカをくくっていたグラルバルトだったが、戦い始めてからその考えを改めなければならなくなってしまった。
『その三人組は非常に強敵だった。私がドラゴンそのものの力を人間の今の姿で保持しているのに、いくら攻撃を当てても上手い具合にその力を逃がしてくるんだ』
「体術のことはそこまでよくわからないけど、要は苦戦したってことね?」
『ああそうだ。時には三人が敵ながら素晴らしい連係を見せて攻撃を当ててきたりしてな』
それでも最終的には四千年以上の年季を活かして押し始めたグラルバルトに対して、男たちの一人が黒い球を投げつけてきたのだ。
大人の男の手で握り込めるぐらいの大きさだったその球をとっさにバックステップで回避したグラルバルトだったが、地面に落ちる格好になったその球からプシューっと音を立てて白い煙が噴射される。
【ぐっ、煙幕か!】
グラルバルトはもっと後ろに下がって煙幕から逃れようとしたものの、そんな彼の脇腹に一本の矢が突き刺さったのは次の瞬間だった。




