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295.無茶と予想外

「あー、死ぬかと思った……」


 今しがた自分が乗り越えてきた巨大サソリの死骸を後ろに振り返って目にしたフェリシテは、一歩間違えば自分まで巻き添えを食らっていたであろうその惨状に対してホッと胸を撫で下ろした。

 彼女の視線の先ではすでに物言わぬ置物と化している巨大サソリと、そのサソリを一気に押し潰してしまった崩落した天井と挟み込む壁の姿があったからだ。


『これでもう大丈夫だ。リュディガーたちと合流しに行こう』

「そうね。でもまさかあんな無茶なやり方でこうやって成功するとは思わなかったわ」


 サソリに迫られているあの時、アレクシアがフェリシテに耳打ちしていた作戦はこうだった。


『いいか、わらわが天井を崩してあいつを潰す。そなたはあのサソリの上か下を走ってそれに巻き込まれないようにしろ!!』

「そ、それって無茶苦茶じゃない!!」

『無茶苦茶なのはわらわも承知の上だ。だがこれしか方法がない!!』


 フェリシテまで崩した天井の下敷きになってもおかしくなかった今回の作戦。

 しかしアレクシアに物理的な意味で背中を押されてしまい、もう行くしかないとフェリシテは自分の運を信じて駆け出した。

 目の前に迫る巨大なサソリ。左右に通り抜けられるスペースはない。

 このまま行けばサソリの下を通るしかなかったのだが、その前にアレクシアが行動に出る。


『はっ!!』


 天井に両手をつけて魔力を送り込み、まずは一時的に天井の強度を最低限まで低くしておく。

 そこから特大のエネルギーボールを生み出して、サソリが来るタイミングを見計らって強度がなくなっている天井に向けて撃ち出す。

 するとガラガラと音を立てて天井が崩壊し始める。


「うえっ!?」


 サソリの下を通り抜ける手筈でいたフェリシテは、意外に崩落が早かった天井とそれに潰されて体勢を低くするサソリを見て、咄嗟の判断でサソリの「上」に走る方向を変更する。

 下も左右も通り抜けられないなら、潰される危険性があるとしても上しか通れる道がないからであった。


「う……うわああああああっ!!」


 運動には自信がないながらも、一瞬の判断の連続でフェリシテはサソリの上を駆け抜けて崩落する天井に巻き込まれないように渡り切ることに成功。

 だが、さすがに天井を崩しただけではサソリを倒し切ることができずにまだ動いていたのだ。

 これではサソリが再び動き出してしまうと判断したアレクシアは、トドメに壁に魔力を送り込んで動かせるようにし、一思いにサソリを壁の間に全力で挟み込んで絶命させた。

 こうして巨大サソリとの死闘を終えた二人の魔術師だったが、考えてみればアレクシアばかりが活躍していて自分は逃げているだけだったと振り返るフェリシテ。

 魔術を教えてもらおうにも教えてもらうその機会がなかったので、この地下迷宮での戦いが終わったら改めて教えてほしいとアレクシアに言う。

 それについてはアレクシアも考えていたのだが、教えるにあたっては事前にフェリシテが得意な魔術の分野や魔力量を確かめておかなければならない。


『そなたのそういうところをわらわも把握しておかなければ、わらわも教えようがないからな。それに精霊たちの魔力量だからこそ発動できる魔術もあるから、教えられる魔術にも限界がある』


 それを把握することが魔術を教えることへの第一歩だというアレクシアだが、そんな彼女に魔術通信が入ってきたのはその時だった。


『……ん? エスティナからだ』

「あっ、もしかして心配して通信してきてくれたのかしら?」


 巨大サソリに追いかけられていたのは最終的に自分たちだけだったので、とりあえず無事を報告するべくその通信に出てみるアレクシア

 しかし、通信をしてきたのは二人が予想したのとは全く別の人物からであった。


『よう、どうやらそっちはまだ無事のようだな?』

『……誰だ?』


 聞きなれない野太いその声の主は果たして誰なのか?

 エスティナとは似ても似つかない人物が連絡してきたのだとすぐに察知したアレクシアは、相手の正体が誰なのかを確かめるべく問いかける。

 だが、相手はアレクシアに対して思いもよらないことを言い出したのだ。


『俺の正体は今から俺のいう所に来ればわかるさ。というか、さっさとこっちに来ないとお前らの大事な仲間たちが一人ずつ死んでいくことになるんだぜ?』

『何だと? 貴様、何を言っている!?』

『言葉通りの意味さ。この地下迷宮の中心部にある大きな広場に来い。そこで待っているからよ!』


 そう言われて通信を切られてしまったのだが、何かがおかしい展開になっているのだけは理解できた。

 とにかく広場に行ってみないと何が起こっているのかわからないので、二人はそこに向かうことにしたのだが、そこで見た光景は想像以上のものだった。

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