290.砂漠の地下迷宮
「うう、眠い……」
「仕方ないわよ。あんな状況になっているなら」
眠い目をこすってあくびをするトリスの横でエスティナがキッパリとそういう。
しかし眠たいのも無理はない。
なぜなら今はまだ夜が明け始める前であり、人間はまだ寝ている時間帯だからである。
そしてこんな時間にどこにいるのかといえば、事前に調べるということを決めていた砂漠の地下迷宮の出入り口の前だった。
『追っ手は来ていないようだからその心配はないが、この地下からは人間や魔物たちの気配が山ほどする。用心して進むしかないな』
リュディガーとグラルバルトの深夜の戦いが終わったのは、宿屋に戻ってメンバー全員を叩き起こし、町の外でドラゴンの姿に戻ったグラルバルトの背中に乗って飛び立った時だった。
突然叩き起こされて「逃げるぞ」と言われ、状況説明もロクにされないまま宿屋の外に出たはいいものの、町中のただならぬ気配で一気に意識が覚醒する他のメンバーたち。
その中でもアレクシアは町中に広がる人間たちの魔力に、こんな時間帯にこんなに大勢の人間たちが何をしているのかを疑問に持つのは当然であった。
そしていきなり自分たちを叩き起こしてきたリュディガーとグラルバルトにその原因があるのかもしれないと思い当たるのも当然といえば当然であり、その経緯を説明するのはリュディガーとグラルバルトにとっては義務でもあった。
「……バルドさん、裏切ったんだ……」
「それがあいつの選んだ道だというのなら、俺たちはあいつと戦って止めなければならないな」
パラディン部隊の人間たちと関わりを持ち、深夜の追撃作戦の時には姿を見せてはいなかったものの自分たちを捕まえるという話し合いに参加していたことからもわかる通り、もうバルドは自分たちの知っているバルドではないのだとトリスはこの事実を飲み込むしかなかった。
「よし……それでは行くぞ」
リュディガーが後ろにいる全員を振り向いて、反応を確認してから目の前にある三十段ぐらいの長い石造りの階段を降り、その先のこれまた石造りの扉を開ける。
その先からはヒンヤリとした空気が流れ出てきた。
『この地下迷宮は壁も地面も見ての通り石造りで、ちょっとやそっとでは壊れる心配はない』
グラルバルトの言う通り、強固な造りをしているこの地下迷宮にはそこかしこの壁や床に灯りを灯すための魔晶石が埋め込まれており、いつかのように暗闇の先から何が出てくるかわからない恐怖に怯えながら進まなくてもいいのは嬉しかった。
しかし、この地下迷宮のことを知り尽くしているのはグラルバルトだけなので、ここは先導役をリュディガーから彼に任せて進むことにする。
その先頭を進むグラルバルトに対して、エスティナが気になったことがあるので歩きながら質問をする。
「そういえばここって何のために造ったの? もしかしてあの人喰い魚が棲みついていたシュヴィリスの地底湖と同じような、気が休まる場所なの?」
『いいや、違う』
そもそも、グラルバルトはここを造った存在ではないのだ。
『ここを造ったのは私ではなく、このアーエリヴァ帝国の人間たちだ』
「えっ、そうなの?」
『ああ。見ての通りここの上は砂漠になっている。その砂漠の過酷な環境から逃がれて移動するのに、人間たちがこの地下迷宮を造ったんだ』
砂漠というものは見ての通り環境としては非常に過酷である。
暑さで体力を奪われて、水分がなければまともに進むこともできない。
更に水分があったとしても、砂の地面は普通に街道を歩くよりも歩きにくい上に、キャラバン隊の馬車の車輪が砂にハマってしまって進むことが困難になる場面も何回も人間たちは遭遇している。
『そういう様々な困難をなるべく少なくするために、人間たちはこうして地下を進むことにした。天井がこうして高いのも、地下通路にしては横幅が人間十人ほどの余裕があるのも、馬車を入れて通りやすくするためだ』
今の入ってきた出入り口は人間たちのものだが、場所によっては馬車が出入りできる出入り口も造られている。
砂漠にはサンドワームや殺人サソリ、大型のクマなどの凶暴で危険極まりない生物もいるので、この地下通路ができてから砂漠を安全に通り抜けられるようになって人間たちの生活に大きな余裕ができた歴史がある。
『だが、ここにもどうやらあのパラディン部隊とやらの手が及んでいるらしい。私もここを看視している以上、しっかりと調査はしておかねばな』
すると、グラルバルトの斜め後ろを歩きながら聞いていたデレクがその話に関連したことを言い始めた。
「そうだ、ギルドの冒険者たちが話していたんだがな。ここにはどうやら巨大なサソリが棲みついているらしい」
「サソリ?」
「そうだ。地上をウヨウヨ闊歩している小型サソリの親玉みたいでな。おかげでこの場所を通りたい人間たちにとっては危険な存在で、アーエリヴァ騎士団で討伐命令も下ったようだ」




