286.真夜中のデジャヴ
(……眠れん)
リュディガーはこの暑さでなかなか寝付けずにいた。
隣国イディリークではこんなに暑い場所はなかったはずだし、そもそもここは砂漠なので暑いのは当たり前なのだが、一番の問題は暑さに対応できることが余りないからであった。
グラルバルトを除く他のメンバーたちはアレクシアの魔術によって快適な夜を過ごせているし、グラルバルトはここが地元なので暑さに慣れていることで普通に眠れている。
仕方がないので外の空気を吸いに行くべく起きたリュディガーだったが、外に出た所で何の気なしにふと右側を向いて見ると、静まり返って薄暗い闇の中に見覚えのある人影を見つけたのだった。
「……!!」
前回と同じく、設置されている街灯に照らされたその姿。
あれは、まさか。
茶髪で大柄、それにあの服装に装備……間違いない。
(バルド!!)
以前尾行に失敗してしまったリュディガーは目を見開きながら無言で驚き、そしてそのままひたひたとその茶髪の男を追いかける。
(今回は逃がすものか!)
今回はアレクシアもフェリシテもいないので、その男を見失わないようにリュディガーは神経を集中させて追い始める。
もちろんバルドをただ追いかけていくのではなく、彼に気づかれないようにしなければならないのでますます気を張りつめることになる。
正直言ってかなり気力と精神力を使う上に、バルドは闇の中に紛れ込んでしまって見失いかけそうになる。
しかも警戒心が強い状況になっているのか、いきなり立ち止まったりして周囲を警戒するその男の行動に何度もリュディガーは冷や汗を流す。
それでも何とかバレずに一定の距離を保ちつつ、そして怪しまれないように彼の後ろ姿をその視界に捉え続けていた。
(いくら長い付き合いの友達だろうが、怪しい行動をしているとなれば俺だって追いかけさせてもらう)
特に今回はあのパラディン部隊の連中と関わりがあると思わしき行動を取っているだけあって、ますます追わないわけにはいかなかった。
やがてバルドは町の入り口付近に存在している、古い民家へと入った。
(あそこで誰かと会う気なのか? それとも一時的な滞在場所にでもしているのか?)
その家が遠目に見える位置からソーっと見て、更に接近してみるリュディガー。
(周りに気配は……ないな)
周囲に他の人間の気配はない。
そのことにも気を配りつつ、その家の壁に張り付いて窓からじっと中の様子を見てみる。
すると、中からはバルドと誰かが談笑しているのが聞こえて来た。
(バルドともう一人は誰か大柄な人影……恐らく前に見かけたあの人間か……? いや、他にも誰かがいるぞ?)
他にも仲間がいるらしいので絶対に見つかるわけにはいかない。
引き続き周囲の気配に気を配るのも忘れないように、リュディガーは盗み聞きを続けることにした。
「計画は順調か?」
「ああ。アガートに改良を加えたからこのアーエリヴァの制圧もすぐに終わるだろ」
「それはそれで構わないんだが、お前の昔の仲間が動いているみてえじゃねえか。そっちに関してはどうなんだ?」
「それなら心配ねえ。リュディガーはなかなか用心深いけど、まさか俺が裏切ってこっち側についたとは夢にも思っちゃいねえだろうしな」
「それならそれで構わないが、油断するなよ」
明かりがついている家の中には全部で四人の人影。
茶色のコートに水色の模様やラインが入っている大柄な茶髪の男。
メガネをかけて水色の髪を持ち、ピンク色のコートに白いラインや模様を入れている細身で長身の男。
緑色の髪の毛でオレンジ色のコートに水色のラインや模様を入れている偉そうな態度の男。
そしてバルドとの四人が一気に勢揃いしているのが窓の外から分かる。
どうやら自分のことを話しているようなのだが、この感じだとこの町で自分を探し始めるかもしれない……と会話の内容からリュディガーには容易に想像がついた。
(まずいな、この町にはもういられなさそうだ)
明日にはこの町からすぐに出ていく予定であるとはいえ、こんな会話が繰り広げられているなら早々にこの町から姿をくらますべきだとリュディガーはその身を翻そうとした。
……が。
「それじゃあ、さっさとリュディガーの奴を捜しにいくか」
(お……っと!)
身を翻す前に、行動が素早いこの家の中の集団がぞろぞろと外に出て来るのを窓の向こう側に見て、咄嗟にリュディガーは身を屈めて様子を窺う。
(まさかこの時間帯に全員でいくのか?)
全員で自分を探しにいくようだが、それほどまでに自分のことが気になるのか? とリュディガーは疑問を隠しきれない。
だが、今までのことを思い返してみれば確かに自分に対して話が及ぶのもわからなくはないと悟るリュディガー。
そうこうしている間に四人全員が家の外へと出ていってしまったので、これは逆にチャンスなのではと考えたリュディガーはその家の中を探してみることにした。
(あいつらが何を企んでいるのか……これでバルドも裏切ったとわかったことだし、遠慮せずにいろいろと探させてもらわなければな!!)
バルドが自分やトリスを裏切ったのは非常にショックを隠しきれないが、それで逆に何かが吹っ切れてしまったリュディガーは、心置きなく堂々とその家の中へと踏み込んで家宅捜索を始めるのであった。




