273.倒すべき敵
「っ!?」
『フェリシテ!!』
とっさに近くに置いてあるテーブルの陰に隠れる二人。
そこから人間の姿に戻ったセルフォンが矢の飛んできた方向を見てみると、黄緑色のコートを着込んだ弓使いのパラディン部隊の隊長が多数の部下とともに自分たちの方に向かってきていた。
「もー、こんな時に!!」
『誰からも魔力を感じないということは、魔力をなくす薬を体内に入れているようだ。まったく……アサドールの奴も余計なことをしてくれるもんだ!!』
せっかくグレトルを追い詰めたと思ったのに、ここまできてこんな邪魔が入ってしまった。
しかし、悔しさに歯ぎしりをする二人の視界の隅で動き出していた人物がいた。
「あいつは俺が追う!!」
「りゅ、リュディガー!?」
「ここは任せるぞ!!」
迷っている時間はない。
グレトルはリュディガーに任せて、セルフォンとフェリシテは弓使いの隊長が率いる集団を一掃してしまうことに決めた。
『ぬおおおおおっ!!』
魔術が通じなくなったからといって、ドラゴンの姿の時と力の強さが変わったわけではない。
片手で人間を楽々と掴み上げ、他の人間に向かって投げ飛ばす。
さらにロングソードを思いっきり振り回して風の衝撃波を生み出し、人間たちをまるで木の葉のように吹き飛ばす。
部下たちに戦わせてそれを見ているパラディン部隊の隊長ソエリドは、例え人間の姿であろうがドラゴンを相手にするのはかなり厳しいと考えていた。
(仕方ない、ならばせめて向こうのパーティーメンバーの一人を仕留めさせてもらう!!)
先ほどからあのドラゴンの背中に乗って、この地下牢獄で手に入れたであろう爆弾を使用して、完全無欠の存在だと思われていた巨大クワガタの戦闘力を奪い取ってしまった。
その原因を作ったあの女を叩いてしまえば、きっと流れはこっちに来るはずだ。
そう考えるソエリドは自慢の弓を持ち、キリキリと矢を引き絞って再び魔術師の女を狙う。
しかし、そんな時に限って灰色のドラゴンが人間になった男が、自分の部下として仕向けている無魔力生物たちを自分の方に向かって吹っ飛ばしてきたので、とっさに矢を射るのを中断せざるを得なくなってしまった。
「くっ!!」
ソエリドは場所を変えて再びあの女を狙おうと試みるが、灰色の男が豪快な戦い方を繰り広げているので全然狙いがつけられない。
しかも次から次へと向かっていく自分の部下たちを吹っ飛ばしてくるため、視界にあの女がいるかどうかもよくわからない状態だった。
そんな状況になると、あの女の姿を探すことに集中してしまうことになってしまうのだが、その結果周囲への警戒心が疎かになってしまうのだった。
「……!」
ふと、背中に嫌なものを感じたソエリドはその場からサイドステップで位置をずらした。
何が、というわけではなく本能的なものとして、闇の中から突然襲われるような不思議な感覚に脳が支配されたからである。
それが不幸中の幸いだったこともあり、致命傷にならずに済んだのだが。
「えいっ!!」
「ぐあっ!?」
何という不覚。
背後から気配を最大限に消した状態で忍び寄ってきていた、自分が探していたはずのあの魔術師の女が、自分の左肩に敵から奪い取ったナイフを突き刺していたのだ。
「っ……!!」
「きゃっ!」
反射的に前蹴りを繰り出してフェリシテを吹っ飛ばし、弓を構えて矢を引き絞ろうとしたソエリドだったが……。
「……ぐっ!!」
肩をやられてしまったため、こんな時に限ってその肩が上がらず弓が構えられない。
つまり自分の武器である弓が使えないということになると、相手の魔術師にも勝機を与えてしまうことにつながってしまう。
しかもこんな時に限って……というのは肩をやられてしまっただけではなく、リュディガーたちがここに乗り込んできた際、相手に魔術を駆使する精霊がいるのもあって魔術を効かなくするべく無魔力になれるあの薬を飲んだこともそうだった。
これによって、薬の効果が切れるまでは回復魔術も使うことができないうえに解毒剤のようなものもないので、一刻も早く切れてくれと願うしかなかったのだった。
「やあーっ!!」
「甘い!」
しかし、だからといって対抗できないわけではないソエリド。
パラディン騎士団の隊長を務めるだけあって、体術も一通り学んでいるのは大きいのである。
それでも、相手のフェリシテもイディリーク騎士団で同じく魔術以外にも体術など一通りのことを学んできたため、戦闘能力としては互角といえるだろう。
そして今、この二人が考えていることもほとんど同じだった。
(体術は得意分野じゃないんだよな……)
(こういう接近戦って私は苦手なのよね!!)




