262.生命線
『とんでもないことになった。某の診療所から全ての医薬品が何者かに盗み出された!!』
『ええっ!?』
医者としてあるまじき大失態。
そうとなればハアハアと息切れしながらここまで駆けつけてきたのも納得するリュディガーたちだが、こんな場所で油を売っている場合ではない。
すぐに医薬品を盗み出したと思わしき存在の行方を追わなければならない。
「何で盗まれたってわかるの?」
『そりゃあわかる!! 明らかに外から侵入した足跡が部屋の中にいくつもあったし、そもそも医薬品がごっそり一つもなくなっていること自体がおかしいだろう!!』
医薬品がごっそりなくなってしまうというのは、医者としてあるまじき行為というよりも、もはや廃業しなければならないぐらいに重大な話である。
そもそも、ここにはアサドールから特別に配合してもらった薬なども置いているわけだし、それまで持っていかれてしまっているとなれば非常事態が起きてもおかしくない。
「患者たちが待っている薬もあるんだろう?」
『当然だ。人間一人ずつに合わせて配合しているのだから、他人が飲んだりしたら逆に体調不良になりかねんぞ。そして待っている人間に薬が行きわたらないというのは、それこそ某にとっても患者にとっても生命線を失なったのと同じだ。某は医者として患者に合わせる顔がない!』
どうやらグラルバルトに会いに行く前に、セルフォンに降りかかった問題を解決しなければならなくなってしまったらしい。
とにかくまずは聞き込みや現場検証をしなければならないため、リュディガーたちは手分けしてそのやらなければならないことに取り組み始めるのだった。
◇
「盗み出せたか?」
「ああ。あの薬が非常に役に立ってくれたぜ」
その頃、薬を盗み出した張本人であるグレトルとリヴァラットの二人は、すでにワイバーンで海の上を飛んで脱出に成功していた。
アサドールがリュディガーたちの方についた……というよりも、今まで自分たちが騙して魔力を無効化する薬やアガートの開発を手伝ってくれていたことがリュディガーたちにバレてしまったことで、これからは協力してくれなくなってしまった。
つまり、これからは自分たちで何とかするしかないのでその材料集めに精を出すことにしたのだ。
「エターナルソードを手に入れられなかった分、何かしらの土産は必要だろうからな」
「ああ。今はアガートも修理と改良を重ねてさらに強くなったわけだし、巨大クワガタだってちょっとやそっとの攻撃では破れないほどの装甲を施しているからな」
次に襲撃をかけるのであれば、ファルスとバーレンをそれぞれの巨大兵器で潰すのが手っ取り早いだろう。
それにパラディン部隊の何人かが倒されてしまったとはいえ、まだまだ人員は沢山いるわけで。
「さらってきた奴らの洗脳と廃人化は進んでいるのか?」
「ああ。そこはニルスがちゃんとやってくれているみたいだからな。あの鉱山の中で壊されちまった無魔力生物を生み出す装置も新しいのを作ってくれているから、俺たちは何も心配することはない」
そのリヴァラットの言葉を聞き、グレトルは満足そうに笑みを浮かべた。
「そーかいそーかい。なら、再び俺たちの野望が進むわけだな」
「ああ。まあ、あんな巨大兵器をいっぺんに動かしたり管理するのは大変だから今のところ二体しか作れていないが、世界を破壊し尽くしたら量産体制に入るらしい」
「ん? 破壊し尽くす前じゃねえのかよ?」
リヴァラットの言葉に首を捻るグレトルだが、そこはキチンと説明する傭兵集団のリーダー。
「破壊し尽くすだけの力を持っているんだっていう自慢さ。強大な力に立ち向かおうって気を無くして、俺たちが死ぬまではこの世界を支配するのさ」
「なーるほどなぁ!! でも一つ違うぜリヴァラット。俺たちが死ぬまでじゃなくて、俺たちが死んだ後も……だろーが?」
「ははっ、それもそうだな!!」
同乗しているワイバーンの背中の上で、二人は顔を見合わせて笑い合った。
とりあえず袋に沢山詰め込めるだけ詰め込んだこの医薬品をねぐらに持っていって解析し、自分たちのものとして使おうと画策する二人。
帝都ミクトランザは人通りが多い場所が沢山あるため、ちょっと変装して中に入ってしまえば何とでもなってしまう。
城壁が崩れている部分もあるので、魔力を消してしまえば城壁全てにかかっている探知魔術に反応せずそこから忍び込むことも可能なのだ。
だからこそこうして何か役に立つ薬がないかどうかを調べつつ、今からねぐらに向かう二人だが、そんな二人を追いかけることができる手段がリュディガーたちにあることをこの二人は気づいていなかったのだった。




