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260.水面下の攻防

「うおっ!?」

「きゃっ!?」


 水面から激しい光が炸裂したかと思うと、次の瞬間その水面がドッパアアアアンと激しい音と水柱を上げて吹き上がった。

 何が起こっているのかはさっぱりわからないが、アレクシアが何かをしたのだろうというのはわかったリュディガーたち。


「な、何がどうなってるのこれ……?」

「わからないけど、魔術で何かをしたのかな?」


 一瞬すごい魔力を感じたし、とトリスに向かってそういうシュソン。

 その一方で唖然として水面を見つめていたリュディガーは、その水面にスウーッと浮かび上がってくる大きな影を確認した。


「あ……アレクシア!?」

「ちょっとお、食べられてるじゃない!!」


 リュディガーたちの目の前に浮いてきたその黒い影の正体は、ヒクヒクと痙攣している赤黒い人喰い魚と、その魚の口の中から下半身だけを出しているアレクシアの姿だった。

 それによく見てみれば、次々にプカプカと他の魚たちも水面に浮かんできている。

 それはそうとして、とにかくアレクシアの状態を確認しなければならない人間たちは、リュディガーとシュソンで人喰い魚の口を力ずくで上下にこじ開ける。

 残りのトリス、フェリシテ、エスティナの三人でアレクシアの足と腰を掴んで引っ張り出してみると、そこには人喰い魚に甘噛みされて上半身に少しだけ傷がついているとはいえ、それ以外は無傷で水浸しの精霊の姿があった。


「……生きているのか?」

「アレクシア!! アレクシアしっかり!!」


 ペチペチとアレクシアの頬を叩いて呼びかけるフェリシテ。

 すると、ピクリとそのまぶたが動いて目が開いた。


「あっ、生きてる!!」

「よかったぁ!! てっきり食べられちゃったのかと……」

『え、あ……ああ、どうやらわらわは生きているらしいな……』


 一体自分たちから見えないところで何が起こっていたのか?

 それはアレクシアと一緒に浮かび上がってきた、人喰い魚を始めとする大量の魚たちをこれからの保存がきく食糧にして調理をしつつ話を聞いてみることに。


『……そこでわらわは考えた。口の中で魔力を爆発させれば、いくら巨体の人喰い魚だろうがひとたまりもないのではないかとな』


 その口の中で魔力を爆発させて倒したという人喰い魚を保存食にしつつ、余った分の魚を焼いて頬張りながらあの水面下で何が起こっていたのかを説明するアレクシア。

 タイミングが少しでもズレてしまえば、それだけで自分が食べられる側に回っていたとしか思えない危険な戦法だったが、水中という奴の縄張りでは圧倒的に人喰い魚の方が有利だった。


「だから短期決着を目論んで、君はそのようなことを?」

『そうだ。まあ、わらわも危うく食べられそうになってしまって気を失なうとは思ってもみなかったが……』


 真っ暗で、牙が生えている巨大な口の中に飛び込んでいくのは抵抗感も恐怖心もあったが、そもそも尻尾あたりを何かでえぐられたような傷を負っている手負いの状態のために、決着をつけるのは今しかないと考えたアレクシアは、両手に握りしめた魔力を口に飛び込むと同時に爆散させたのである。


『自分の魔力だからわらわは爆死する危険性は全くなかったのだが、できればもう二度とあんな賭けはやりたくないものだ』


 こうして相打ち状態で辛くも勝利したアレクシアだったが、気を失なったのが久々だったので驚いている。

 それでもこうして無事に勝てたことだし、お目当てのものも見つけられたので一安心だった。


「……で、肝心の絵筆は魚の腹の中から無傷で出てきたわけだけど……これって魔力で傷がつかないようになっているのかな?」

「恐らくそうね。ほら、シュヴィリスって普段は画家をやっているからこういう道具は命みたいなものでしょ」

「だったらなおさら自分で取りに来ればいいだろうにな」


 一応、こうして絵筆を回収するのがシュヴィリスに完全に認められるためにやらなければならないことだったので、それはそれで仕方のないことだが……と、シュソンとフェリシテの会話を聞いていたリュディガーが呟いた。

 その一方で、元々イディリークで料理人として勤めていたトリスが今回こうして魚を保存食にしてくれたわけだが、今回のものは余り良くない出来なのだという。


「もっと満足な調理器具があれば、もう少しマシに保存ができたんだけど……」

「仕方ないだろう。状況が状況だからな」


 凹んでいる妹を慰める兄の姿がそこにあった。

 しかし、そのトリスの料理人としての希望を叶えてくれる話が、迎えにきてくれと要請したリュディガーに従ってやってきてくれたシュヴィリスからもたらされることになった。

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