25.暗躍する影
暗く静まり返った室内で、その影は一人木製の大きな椅子に座って、目の前の魔晶石で作られた画面の様子を見ていた。
そこには壊滅させられた地下アジトと、そこを調査する騎士団員や警備隊員たちの姿がある。
「やられたか……まぁ、あの冒険者の子孫が相手なら想定の範囲内です」
特に驚いた様子も見せず、まるで最初からこうなることをわかっていたかのようなその口調で呟いたその男は、そのまま黙って席を立つ。
「とりあえずはその実力をもっと見せてもらうとしましょうか。これから先、私の脅威になるとも限らないですから……」
男は窓から見える月が、厚い雲に覆われ始めた様子をしっかりとその目で捉える。
そして着ている紫の上着の中から通話用の魔晶石を取り出すと、どこかへと連絡を入れだした。
◇
リュディガーが巻き込まれた衝撃の事件から数日後、彼の親友であるバルドが昼食を摂るべく城下町へ繰り出す。
向かうは馴染みの料理屋である。
「よーう、トリスちゃん元気?」
「あ、バルドさん!!」
この店の常連客といっても過言ではないほどに通い詰めているバルドだが、別にトリスに対して下心があるわけではない。
単純に、この店で食べた方が安くてうまいからという理由である。
「ほぼ毎日こうやって来てくれてこっちとしては助かるけど、他のお店で食べないの?」
「ここが一番うまいんだよ。他にもいろいろうまい店はあるけど、一番ここが来やすいし安いし」
そんなバルドは食のバランスには意外と気を使うタイプらしく、毎回なるべく違うメニューを頼むようにしている。
「今日は何にするの?」
「そうだな……この前に来た時は肉料理だったから、今日は魚かな」
「魚だったら煮つけと焼き魚があるけど」
「焼き魚でよろしく」
こんな調子で料理をいつも頼むのだが、注文をし終わってからふと思い出したことがあった。
「あ……そうだ、それとトリスちゃんに伝えておきたいことがあったんだが」
「え、私に?」
いつもは注文を受け、そして料理を出すだけのトリスは自分がこのタイミングで呼び止められたことに驚く。
「ああ。実はさっき、ここに来る途中に二色の髪の女を見掛けたぜ」
「それって確か、あの遺跡の事件でお兄ちゃんが知り合ったっていうエスティナって人じゃないかしら?」
「そう。それと……騎士団に所属している魔術師の女も一緒だった」
「もしかしてそれって、同じ事件で知り合ったフェリシテ……さん?」
トリスの口から出てきた二人の名前を耳にしたバルドは、そういえば……と自分が不自然に思ったことを思い出した。
「そういえば、その二人は大きな袋を持っていたけどどこかに出掛けるのか?」
「さぁ、知らないわよ。……騎士団の任務でどこかに出かけるための下準備かもしれないけど、そもそも私はその二人とはほんの少し顔を合わせた程度の知り合いでしかないから」
そこまでほぼ赤の他人の行動を考えていられるほどトリスも暇ではないので、会話をそこで切り上げて料理のオーダーを通すために厨房に引っ込んだ。
バルドにとってこうして食堂に通うのは、自分の腹を満たすためだけではなくもう一つの狙いがあった。
(表向きはこうしていつも通りの変わらない生活をしていないとな。あからさまに怪しい行動をして、あの精霊にリュディガーの動きを察知される訳にはいかないんだ)
そう、リュディガーがあの精霊の無茶ぶりから逃れるためにトリスが考えたのは、彼の親友であるバルドの協力だった。
だからこそ今日も食堂にやって来たのだが、まだ他にもトリスに聞いておかなければならないことがあった。
「トリスちゃん、ちょっと小さい声で話したいんだ」
「……何?」
そう言われて耳をバルドの口元に持って行くトリスに、彼はこう話し掛ける。
「最近この帝都に出没している黒ずくめの集団の話、君も知っているだろう?」
「うん。噂程度だけど。……まさか、変なことになっているの?」
「いやいや、そうじゃなくて何か変わったことはなかったかなって思ってさ。トリスちゃんたちに」
「変わったこと……」
祖先が祖先なだけに、下町に住んでいる身でありながら王族との関係もそれなりに深いハイセルタール兄妹は狙われないとも言い切れない。
だからバルドもこうして尋ねてみたのだが、トリスからの答えは首を横に振るものだった。
「ううん、今のところは特に何もないわ。何かあったの?」
「いいや、何もないならそれで良いんだ。気になっただけだから。……あ、こういう話は他の人にはしないでくれよ?」
「もちろんよ。私たちにもプライバシーがあるんだからね」
その辺りはしっかりわきまえているつもりだから安心して、とバルドに告げたトリスは怪しまれない内に自分の仕事に戻るのだった。
だが、事態はこれで終わっていなかったのである。




