258.人食い魚
「……ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「今の魚なんだけどさぁ、一瞬だけしか見えなかったんだけど身体が変だったわよ」
「えっ?」
いったいどういう風に変なのか。
それをその一瞬だけの情報で鳥巣が説明し始める。
「どーもね、さっきから感じるこの悪臭もそうなんだけどこれって魚の血の匂いじゃないかしら?」
「わかるのか?」
「うん。だってそもそも私はイディリークの料理人なのよ?」
魚をさばいたこともあるからこそわかるその臭い。
しかし、トリスがそういうとなるともしかしてこの魚はケガをしているのではないだろうか?
「ケガをしているってことか?」
「そうなるわね。血も出ていたみたいだし」
「じゃあ……ここに来た誰かが魚に傷を負わせたってことになるのかしら?」
横から話に入ってきたエスティナがそういう一方で、じっと地底湖の方を見つめていたアレクシアが不機嫌そうな顔をしている。
それに気が付いたエスティナが声をかけた。
「何だか怖い顔しているけど、どうしたのよアレクシア?」
『……感じた』
「え?」
『さっきの魚の身体から、かすかにだけどシュヴィリスの魔力を感じた』
「って、それってまさか!?」
最悪の事態を想像するエスティナに、神妙な顔つきでうなずくアレクシア。
どうやら例の絵筆をエサとして間違えて飲み込んでしまったらしい人食い魚がいるということは、その人食い魚を倒さなければならないだろう。
誰が何をどうやったのかはわからないが、現在この魚は手負い状態なので有利といえば有利である。
「倒さなきゃいけないのはわかったけど、僕たちは水の中には潜れないからなあ……」
「そうよね。こうなったら……」
『嫌だ』
シュソンのぼやきに対して何かを思いついたエスティナ。
しかし、そんな彼女から絶対に何かよからぬ頼みごとをされそうだと考えたアレクシアは、声のトーンから全てを察して拒否の声明を出した。
「まだ何も言ってないじゃない!」
『言わなくたってわらわにはそなたの声の調子でわかるんだ。どうせ水の中に潜れとかって言うのだろう? 先ほどよりもはるかに危険な状況だし、人食い魚に食べられてしまっては終わりだから絶対に嫌だ』
相手の人食い魚は用心深いらしいとはいえ、手負いの状態なのでどんな行動をしてくるのか定かではない。
それを考えて、どうせおとりになれとかって言われそうなアレクシアは別の手を考えるように勧める。
「別の手といわれてもな……」
「とりあえずさっきの魚を水の中から出さないことには、こっちだって攻撃の手が出せないのよね」
話に入ってきていたハイセルタール兄妹も考える。
水の中にむやみに入っていけば、それこそ目をつけられた人食い魚に一発で飲み込まれてしまう危険が高い。
かといって水の中から出さなければ話が進まない。となると何かエサが必要なのだが……。
「……あ、そうだ!! さっきの金属片を使うのはどうかしら!?」
「え、あれ?」
「そう、あれよ。あれを使って魚をおびき寄せて、出てきた所を総攻撃でおしまいよ!」
「そんなうまくいくかなあ……?」
やや不安そうな表情を見せるシュソンだが、結局はそのエスティナの提案に乗る以外に方法が思いつかなかった。
まずはアレクシアに少しだけ水の中に入ってもらい、金属片を使うことにする。
『嫌だと言っているのに』
「仕方ないだろう。水の中にはお前しか行けるやつがいないんだから」
相変わらず渋るアレクシアに対して、リュディガーは過去のことも引っ張り出して説得を試みる。
「それにそもそも、割と強引にこの旅に出なければならないとかって言いだしたのはお前なんだから、こういう時に役に立ってもらわなければ困るんだがな」
『……わかった』
自分が強引に誘ったのに、肝心な時にやりたくないだの嫌だのとか渋られるとだんだんムカついてくるので、リュディガ0はそこも引き合いに出すことでアレクシアを何とか説得することに成功した。
その説得された方のアレクシアは、金属片を片手に探査魔術を発動して魚の大体の位置を把握する。
『今はやや遠くに行っているようだ』
「なら、今がチャンスだろうな」
『うむ……』
中に入ってすぐに食べられる心配はないみたいなので、リュディガーたちに見守られながらアレクシアは水の中へと入っていく。
人食い魚と言っていたが、果たして精霊は食べられてしまうのだろうか?
そしてアレクシアは自分の身体が許す限りの時間で、うまく先ほどの魚を呼び寄せることができるのだろうか?
様々な思考が交差する中で、精霊は水の中へと消えていった。




