1.目覚め
パーティーを追放されてから数か月。
リュディガーはもともとの性格もあるのだが、追放がきっかけでさらに気力をなくしてしまっていた。
そんな彼が住む世界「ヘルヴァナール」の、まだ肌寒い朝が続くイディリーク帝国の帝都アクティル。
その一角にある民家にて、一人の男がベッドで寝息を立てている所に荒々しく飛び込んできた女が一人。
「ちょっとー、もう朝だよ! ご飯もできてるんだからさっさと起きてよっ、お兄ちゃん!!」
「……もう少し寝かせろ……」
「いつもそれじゃない。ほら、さっさと起きる起きる!!」
妹に被っていた毛布を強引に剥ぎ取られ、寒さで顔を歪ませながら起き上がる青髪の男はリュディガー・エイレン・ハイセルタール。
朝に弱い彼は、こうして妹のトリスに起こされるのも朝の恒例行事といえる。
まだ覚醒していない頭を働かせ、眠い目を擦りつつ、トリスが作ってくれた朝食の中からパンを手に取ってちぎって口に放り込む。
そんな彼を見て、妹のトリスは溜め息をついた。
「もう……パーティーを追放されたからといってもそろそろしっかりしてよね。三日後にはお兄ちゃん、二十歳になるんだよ?」
「ああ、そういえばそうだな」
リュディガーよりも三つ年下のトリス・エルドラ・ハイセルタールは、そんな兄に呆れながらも「自分がしっかりしなきゃ」という意識を持って生活している。
自分が帝都の食堂で料理人をしているのも、兄が傭兵という不安定な職業に就いていることがきっかけで、しっかりと非常時の貯えを作っておかなければ、と心に決めての就職だった。
この二人の両親は、今から三年前に流行り病で呆気なく逝ってしまった。
そもそもこの二人の生い立ちがなかなか複雑なこともあり、余り裕福な暮らしができていなかった。
それでも最低限の暮らしで何とか乗り切って来た二人は、トリスのこの一言がきっかけで大きく変わり始める。
「そういえば、今日はバルドさんと約束があるんじゃなかったの?」
「ああ……あいつの家で待ち合わせしているんだ。だから食ったらすぐに行く」
「また危ない仕事に行っちゃうの? お兄ちゃん」
「……かもな」
正直なところ、リュディガーも詳しい話は友人のバルドから何も聞かされていない。
とにかくバルドの元に行ってみれば何かがわかるだろうとのことで、彼は出発。
愛用のソードレイピアを腰に携え、仕事が入ればすぐに出発できる様に準備した上での合流を考えていた。
しかし、彼の予想を大きく裏切る話がバルドからされることに。
「よーう、リュディガー。相変わらず辛気くせえ顔してやがるな」
「……お前の元気が良過ぎるだけだ」
豪快な性格の友人、バルドの自宅に招かれたリュディガー。
バルドは旅行が趣味であり、世界各地を旅しては色々な情報を仕入れて話を聞かせてくれる存在である。
日銭は日雇いの仕事をしたり、魔物を討伐してその部位を素材として売りさばいているので、リュディガーよりも更に不安定な身分でもある。
そんなバルドとは物心ついた頃からの幼馴染みであり、友人の少ないリュディガーにとっては貴重な存在である。
「突然呼び出して悪かったな」
「別に。それよりも用件は何だ?」
旅行から帰って来たばかりのバルドから、面白い話があると呼び出されて来たからには、恐らくまた旅行先での話なのだろうかと大体の見当をつけるリュディガー。
しかし、バルドは家の奥にある自分の寝室に案内する。
「俺は男と寝る趣味は無いぞ」
「違うよバカ。誰に聞かれてるかわからないからこうやって奥に来たんだ。ビックリする物を見つけたんだけど、物が物だけにあんまり大きな声じゃいえない話だからさ」
そう言いつつ、簡素な木製のベッドの横にあるサイドボードの引き出しから一冊の本を取り出して、スッとリュディガーに差し出すバルド。
「これは?」
「お前の祖先が残した本だよ。自分たちは興味が無いし、既に色々と調べて本物だって話もついてるから、書物庫に保管する前にお前に渡してくれって頼まれたんだ」
「祖先……本物?」
何のこっちゃ、と思いつつリュディガーはその本のタイトルに目を落としてみると、普段から表情の変化に乏しい彼の顔が明らかに変わった。
「これは……おい、どこで手に入れたんだっ!?」
「お前の親戚の家だ。実家の地下に隠し部屋みたいなのがあって、そこから出て来たんだってよ」
自分の生い立ちを知っているだけに、リュディガーが驚くのも無理はなかった。
この国で生活していれば、誰もがその名前を一度は聞いたことがあるだろうと言われるほどの偉大な冒険家、ルヴィバー・クーレイリッヒ。
彼は遥か昔、世界を旅して数々の伝説を打ち立てたといわれている。
魔物の群れにたった一人で突撃してその全てを蹴散らしたとか、いくつものダンジョンを踏破して魔物の生態系を調べるのに多大な功績を残したとか、貧しい国に研究所や学校などの施設を建設して人々の生活を楽にした人物であるとか。
彼はその話を自分の冒険日誌に書き残し続け、冒険が終わった後にはこのイディリーク帝国を建国した人間として知られている。