195.無理を承知で不利を有利に
「ふっ!!」
「なっ!?」
リュディガーが狙ったのは三人のうちの誰でもなかった。
彼はビッグホーネットを固定するために壁に固定されているいくつものロープのうちの二本をまとめて切ったのである。
「バカ、やめろっ!!」
「くっそ!!」
三人の中で最初に動いたイデスのハンマーによる攻撃を避け、反対側の壁に固定されているロープも切るリュディガー。
すると、先ほどリュディガーがこの場所に入ってきたことで暴れ出したビッグホーネットがさらに激しく暴れる。
自分からハチミツや花粉を採集するために固定されていたことで、かなりのストレスを溜めていたのである。
それが一気に爆発してしまった今、リュディガーによって切られてしまったロープの残りを引きちぎるほどの力を見せたビッグホーネットは、岩壁を崩しながら暴れ出した。
「うわああっ、くっそおおお!!」
「ちっきしょう、何てことしやがるっ!?」
「知るか!!」
イデスとザルトの怒りの声に短く言い返しながら、リュディガーは自分に一番近い地下通路の出入り口へと飛び込んで走り抜け始める。
後ろからはドガシャーンやガキン、ドゴンなどという金属同士がぶつかり合う音や、先ほどの三人が慌てふためく怒号などが聞こえてくるが、リュディガーは決して振り返らずにそのまま出入り口に向かって全速力で駆け抜けていく。
あんな大きなハチや三人の人間をまともに相手にする必要はないのだ。
「はあっ、はあ、はあっ……!!」
「あっ、お兄ちゃん!!」
地下通路の奥から全速力で戻ってきたリュディガーの姿を目に入れたトリスが、思わず声を上げる。
しかし、明らかにリュディガーの様子がおかしいのでどうしたのかと声をかけようとした瞬間、リュディガーから大声で三人に指示が飛んだ。
「走れっ!!」
「えっ?」
「いいから早く!!」
そう言いながら走るリュディガーでさえも、どうしてこんなに焦っているのか自分でもよくわかっていない。
だが、なんだかここにいてはかなり危険な気がする。
普段はこんなに焦ることもないはずなのに、今だけは自分の直感に従ってただひたすらに洞窟から離れようとしか思わなかった。
そして、その判断が結果的には間違っていなかったのだと知るのはこのすぐ後だった。
それはひたすらに洞窟から離れていくリュディガーたちの後ろで、ドゴォンとまるで爆発が起こったような音が聞こえたからだった。
いや、それは爆発そのものだった。
「えっ……何よあれぇ!?」
「うわっ、でっかい!!」
「気持ち悪ーい!!」
女たちが振り返ったその視線の先。
そこには久しぶりに自由を得て、大空に舞い上がってきた巨大なハチの姿があった。
地下洞窟の奥で見た時もかなり大きいと感じたのだが、こうして外に出てきたのを見てみるとその大きさを改めて実感させられてしまう。
(あの飛び出し方だと、どうやら最奥の部屋を上に向かって飛んでいって、そのまま地中から空に向かって飛び出してきた感じか!!)
あの部屋の上が吹き抜けになっていたかどうかまでは確認できていなかったものの、もしそうだとしたらあの巨体には山の中を突き破るだけのパワーがあるという証明になる。
しかも、その巨体がハチだということで恐ろしい攻撃を仕掛けてくるまでに時間は掛からなかった。
「ね、ねえリュディガー……あれってこっちに向かってきてないかしら?」
「……かもな」
「かもなじゃないわよ!! 明らかにこっちに向かって飛んできているのよ!」
この異常事態に現実逃避をしかけたリュディガーに対し、怒り混じりの声でエスティナが叫んでいた。
ブゥゥン……と嫌に耳に残る不快な音を響かせながら、リュディガーのことを狙って飛んでくるキングホーネット。
しかもその身体にロープまで巻きつけて、リュディガーと対峙していた隊長の三人がぶら下がっているではないか!!
まさかこんな事態になってしまうとは思ってもみなかったリュディガーだが、だからといってこのまま逃げ切れるとも思えなかった。
「……空を飛ぶ生き物にはスピードでは敵わん。こうなったらあいつを倒すしかない!!」
「む、無茶よお兄ちゃん!!」
トリスが兄に止めるように説得するが、リュディガーはそうでもないと否定して視線を動かす。
「いいや、どうやらあの大軍が片付いたようだから俺たちに加勢してくれるようだぞ」
「えっ?」
そう言うリュディガーが指を差す先には、ビッグホーネットと同じく自分たちの方に向かって飛んでくるアレクシアとドラゴンの姿に戻ったグラルバルトの姿があった。




