187.国宝の行方
「実は二か月ほど前に、この魔術研究所に賊が侵入したことがあったんです」
「賊?」
「はい。魔術研究所は我が王国の施設の中で最も重要な施設であり、それこそ最大級の防衛体制を誇っているはずでした」
それこそ、アリの一匹すらここに入ってきたらすぐにわかるぐらいに魔術防壁が展開されている。
魔術研究所に出入りする人間たちは、特別に許可を得ている者を除いて武器の持ち込みすら許可されておらず、事実リュディガーたちやラシェン、カリフォンも出入り口で武器も荷物も全て預けて身体検査までさせられている。
また、フェリシテやアレクシアといった外部の魔術師たちには魔力を封じる腕輪を手首につけてもらい、魔術が発動できないようにさせられる徹底ぶりだ。
「緊急時ではありますが、王都に入る前に身分証明書も国から渡されていただいているはずですから、このように我が国の……特に魔術研究所に対する防衛体制の高さはお分かりいただけたかと思います」
『でもそなたたちがそこまでしていたとしても、二か月前に侵入されてしまったのであれば意味がないのではないか?』
『そこが悔しいんですよ』
自分も王国騎士団の団員の一人として、賊が入り込んでしまっただけでも始末書だけでは済まされないと覚悟していたエリフィル。
だが、その防衛体制をどうやったか知らないが潜り抜けてきた賊は、研究所の中で色々と資料を盗み出していったのだという。
「現在研究中の新薬に、最新の魔術を駆使した小型制御装置、更にはここに保管されていた国宝まで……」
「国宝っておい、まさか……」
「それってあれだろ、こいつの先祖のルヴィバーが手に入れたっていう、どんな魔術でも弾き返しちまうってプロテクトが常時かけられているって噂の指輪だろ?」
ラシェンとカリフォンが驚きを隠せないが、その冒険家の子孫であるハイセルタール兄妹はそんな話は初耳である。
「ちょ、ちょっと待って何その話? 私は聞いたことないんだけど」
「俺もだ。エスティナやフェリシテは知っているか?」
「ううん、私はそんな指輪の話なんて知らないわよ」
「私も初耳。エターナルソードのこと以外は知らないわ」
もしかして自分たちだけが知らないのか? と首を傾げるハイセルタール兄妹だが、この件に関しては他のメンバーも聞いたことはなかったようだ。
しかし、アレクシアだけは少しだけ知っているらしい。
『わらわはその指輪かどうかは定かではないが、他の精霊仲間からそういう話は聞いたことがある。どんな魔術も無効化してしまうという、魔術師にとっては天敵ともいえるそのアイテムの存在をな』
「ちょっとぉ、どうしてそれを先に私やお兄ちゃんに言わなかったわけ?」
『別に今までの話の流れでは必要ないと思ったからだ。そもそもここの国宝だっていうのなら、わらわが言わずとも知っている可能性があるだろう』
どうして知らなかったんだ? と逆にアレクシアから人間たちに対して質問が飛ぶが、それに対して答えたのはエリフィルだった。
「皆さんがご存知ないのも当然でしょう。我がシュアの国宝に関しては、今ここにいる私やルーザス右翼騎士団長、ヴィディバー剣士隊長などの三か国の上層部の人間だけなのですから」
「ああ。この国宝の存在が公になったら今までの魔術が全て意味をなさない事態になっちまうからな」
「ルヴィバーが冒険日誌に書かなかったのもそこら辺の理由があったんじゃねえのか? 魔術に関しては俺は疎いから詳しくは知らねえけど」
確かに、巷に出回っているルヴィバーの冒険日誌にはそんなことは書いていない。
それがシュヴィリスの言っていた嘘ではなく、魔術が意味をなさないような未来が訪れてしまうのを防ぐためにあえて書かなかったのだとしたら、それはそれで辻褄が合う。
だったらドラゴンの二匹に聞いてみればわかるかもしれない、とハイセルタール兄妹が言い出した。
「しかしどうしてそんな指輪がシュアにあるんだ?」
「エルヴェダーさんとかグラルバルトさんなら知ってるような気がするけど、今はあの二人は復興活動を手伝いに行っちゃったもんね」
その話を聞くのはもっと後になりそうだと考える兄妹だが、その時どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「それはルヴィバーが、この国を創り上げる下地を作ってくれたからだ」
「セフリス?」
一行の元に現れたのは、リュディガーたちが最初にこのコーニエルに来た時に話を聞いた魔術師のセフリスだった。
「ルヴィバーはイディリーク帝国を建国した人間として一般的に広く知られている人間だが、実はファルスとバーレンの待遇に不満を持っていた貴族たちをこの地に誘って、シュア王国を建国させる手伝いをしてくれた。
「その通りです。そしてその時に渡された例の指輪が国宝となって今まで保管されてきたんですが、それが今回何者かの手によって奪われてしまいました」
エリフィルからも補足説明が入るが、正直そうなったとなれば魔術に対してこれからの人間たちの維新が変わってしまうかもしれないという、まさに一大事に直面しているということを、リュディガーたちは改めて受け止めて飲み込まなければならなかった。




