175.赤いドラゴン
何が起こったのかわからないまま呆然とする人間二人の目の前で、赤いドラゴンによって火口部分の溶岩が噴き出ていない場所へと叩きつけられたフェニックスはそのままギャーッと断末魔の絶叫をあげて息絶えてしまった。
そして元々が溶岩から生まれる魔物であるため、身体そのものがドロドロと溶けて火口の中にある溶岩と同化して消えていってしまった。
残ったのは見慣れない赤いドラゴンであるが、リュディガーもウェザートももちろんこんなドラゴンを見たことはない。
野良の魔物のドラゴンなら二人とも討伐経験こそあるものの、今までの流れからすると自分たちを助けてくれたというのが自然な結論となるために、人間に協力的な野生のドラゴンは存在しないと思っているからだ。
そんな二人の視線に気が付いたのか、ドラゴンはフェニックスが完全に消えたことを確認してからリュディガーの元に向かって飛んできた。
「リュディガーさん!」
「くっ……」
フェニックスだけではなく、ドラゴンまで自分の方を優先的に狙ってくるのかとソードレイピアを構えながらドラゴンに抗う姿勢を見せるリュディガー。
フェニックスの場合は物理攻撃でこちらが燃えてしまう危険性があったが、このドラゴンの場合だったら柔らかい腹を突き刺せば何とかなる可能性もある。
頭の中で戦略を考えつつ、リュディガーは自分の方に飛んでくる赤いドラゴンを迎え撃とうと意識を集中させていたのだが、その意識が急激に途切れてしまう出来事が起こった。
『……おい、礼ぐらい言ってくれよな。せっかくフェニックス倒してやったってのに』
「んっ!?」
突然聞こえてきた謎の声。
しかもその言葉の内容から察するに、リュディガーには何が喋っているのかが一発でわかった。
ウェザートは離れた位置にいて、リュディガーを援護するために急いで彼のもとへと火口を大回りしている状態なので、聞こえているのかどうかは定かではない。
そしてリュディガーもそのウェザートの様子よりも、今は目の前のドラゴンに意識が行ってしまっていた。
その中で、最初に浮かんできた言葉を口に出してみる。
「あ、ああ……助かった。礼を言う……が、もしかしてあんたはセルフォンとかシュヴィリスの……?」
『おー、そうだよ。あいつらから話は聞いてんぜ。俺様はエルヴェダーってんだよ』
「エルヴェダー……」
どうやらこのドラゴンも只者ではないようである。
あのシュヴィリスやセルフォンと同じ伝説のドラゴンの一体であり、自分のことをその二匹から聞いているとするのであれば、同じように人間の姿になって会話することも可能なはずだとリュディガーは推測する。
そんなリュディガーはエルヴェダーに敵意はないと判断してソードレイピアを鞘に納めたが、エルヴェダーの話はまだ終わっていない。
『俺様の方としてもフェニックスの奴がここは自分のものだみたいなツラしやがってたからな。そのくせ自分よりも強い奴にはビビッて出てこねえでやんの。おめーらが呼び出してくれて助かったぜ』
「……頭に来てたのか?」
『そりゃーもう。だってここはもともと俺様の棲み処だからよぉ。魔物たちが登山道に住み着くのは勝手だが、そこを自分の持ち物みたいに振る舞われてたんじゃ俺様だって堪忍袋の緒が切れっさぁ』
エルヴェダーが言うには、フェニックスは割と自分勝手で気分屋な性格らしく、ヴィルトディンとエスヴェテレスとの国境付近でリュディガーたちを最初に襲ったのもエルヴェダーには心当たりがあらしい。
『国境付近で人間たちを襲ったってのも現場を見たが、あれは単純にヴィルトディン側から来る人間たちをムカついたから襲ってたってことなんだろうな。で、襲った相手に返り討ちにされてこっちに逃げ帰ってきたってこったろ?』
「そうだと思うが」
『じゃーあの野郎がここでおめーらに襲い掛かってきたのも納得だぜ。自分の棲み処って勝手に思ってて、そこを荒らす人間たちがいるんだからな』
なんにせよフェニックスを倒してくれたのは礼を言いたいのだが、リュディガーたちにはまだやるべきことがあった。
それはリュディガーのもとにようやくたどり着いたウェザートのこの言葉から始まる。
「……今のお話、ほとんど聞かせていただきましたよ」
『お前は魔術師みたいだな。でもよぉ、こんな所にずっといたら体力持たねーだろ?』
「ええ。ですが私たちはまだ帰れないんです。私たちは人を捜していましてね」
『人?』
フェリシテを捜索中ということを手短に話すウェザートに対し、エルヴェダーは衝撃の事実を言い出した。
『そういえばよ、フェニックスの野郎がここに来る前に俺様が火口のそばで倒れている人間を保護したんだがよ』
「え?」
「おい、それってどんな奴だ?」
『赤いロングヘアーの女だよ。それも割と軽装で、よくここまで登ってきたもんだって思っててよ』




