171.ちょこまか
「うわっ、何これっ!?」
「ぐっ、きゃあああっ!!」
『くっ……耳がっ!!』
その耳から頭の中に向かって直接響いてくるような気味の悪い音、それから目を覆うぐらいのまばゆい光に対して、思わず耳を塞いで悶絶する三人の女。
精霊であるアレクシアもこれまた例外ではなかった。
これではセレトに足止めしてもらっている間に逃げてしまったグレトルを追いかけることもできないし、何よりセレトに対して大きな隙を与えてしまうことになる。
「ふっ、はっ!!」
「くっ!」
『固まるな! 散開しろ!』
小柄tな体格を活かして一気に肉迫してくるセレトに対し、アレクシアの指示で耳鳴りとも戦いながらバラバラになって、目標を絞らせないようにする三人。
それを見たセレトは、この三人の中で一番動きが鈍そうなトリスに目をつけて一点集中攻撃に出る。
「そら、そらあ!!」
「なっ、私ぃ!?」
よりによって自分が狙われるとはまったくもってついていない! と愕然としつつも、セレトがそうくるなら対抗しなければならなかった。
その間に残りの二人はセレトに攻撃しようとするものの、先ほどセレトが言っていた通りまだまだ残っているセレトの部下たちの黄色いコートを着ている集団が次々に部屋の中へと入ってくるので、そっちの対処に追われる事態になった。
「ふっ、はっ!!」
「くうっ!!」
相手も小柄な部類に入る人間とはいえ、トリスと比べれば体格は大きい。
しかも短剣と弓を武器として使うトリスと違い、セレトはその小柄な体格をカバーするためなのか、自分の背丈ほどもある長さの槍を振るって襲いかかってくる。
当然リーチでいえばトリスが圧倒的に不利なので、そこはどうにかして体格の差を埋められないかと考えながらの戦いだった。
(真っ向勝負では勝ち目がないし、アレクシアもエスティナもこいつの部下と戦ってるから援護は無理そうだし……!)
「そりゃああっ!!」
「くっ!」
非常に優れた槍捌きで、トリスの右から左から確実に急所を狙って迷いなく仕留めてこようとするセレト。
トリスもイディリークで騎士団相手に特訓を積ませてもらっていたため、生半可な相手には負けないと自負しているのだが、この相手は一流だと自分の肌で感じている。
「ルストとアルオンが君たちに倒されたっていう話は聞いたよ。あの二人も僕と同じパラディン部隊の部隊長だったんだけど、まさかその二人が倒されるなんてね……」
「それはどうも。あなたもここで倒されてね!!」
「ふふふ……それは僕のセリフさ。二人の仇は僕がとらせてもらうよっ!!」
(……あれ? こいつの耳の中……)
お互いに向かい合って喋る中で、セレトが耳栓をしていることに気がついたトリスは、先ほどの妙な音を発する球体を使った理由を察した。
「そうか……あなたはその耳栓があるから、さっきの変な球を使ったのね?」
「おおー、よくわかったね。そうだよ。さっきのはよく響いて光ったでしょ? 特注の閃光弾さ。お金かかってるだけあるんだよね」
まだ頭の中にキーンという嫌な音が残っているトリスだが、その不快な音が落ち着いてきたこともあって反撃がもっと激しくできそうである。
それはこの後、爆発でぶっ飛んだテーブルなどの残骸が散乱しているこの部屋での攻防戦でトリス自身が証明することになるのであった。
「ふっ!!」
再び動き出したセレトに対して、トリスはその動きをよく見て応戦開始。
そのままやられるわけにはいかないので、爆発で吹っ飛んだ残骸の影に飛び込んだり、時には残骸の破片を投げつけたりして的を絞らせないように戦う。
(ちょこまかと……!!)
ルストやアルオンからは「ちょこまかと動き回る槍使い」と呼ばれていただけあるセレトだが、目の前で自分と戦っているトリスもまたちょこまかとした動きをしているので、他人から見た自分もこんな感じなのだろうかと考えていた。
しかしその時、トリスが転がっていた椅子を投げつけてきた。
「ふん……あれ?」
当然その椅子を回避したセレトだったが、その一瞬でトリスが自分の視界から消えてしまった。
慌てて周囲を見渡すセレトだが、その時後ろに気配を感じて素早く振り向いた……。
「ふんっ!!」
「ぐえっ!?」
セレトが後ろを振り向くよりも先に、近くの柱の影に素早く身を隠したトリスがセレトを羽交い締めにする方が速かった。
この時ばかりは、自分の小柄な体格をカバーするために選んだ槍という長い武器の取り回しの利きにくさが災いし、振り向いて姿勢を作るまでに時間がかかってしまった。
それはセレトの敗因になり、トリスの勝因となる。
「ふん!!」
「がっ……はっ!?」
左手で首を羽交い締めにされ、右手に持った短剣で首を突き刺された上に、そのまま短剣をずらされて喉をかき切られたセレトは、首から大量の血を噴き出しながら絶命して地面に向かってくずおれた。




