170.あいつの存在
『そういえば、あの地下牢獄でリュディガーはこんなものを見つけたんだったな。確か……今月の奴隷捕獲目標が人間二百人分で、幻覚剤と興奮剤の合成麻薬含む……とかいうものだったか』
もしかしたらそれもこの研究所で次々に襲いかかってくる人間たちの、目の奥に光がない謎を解くことに関連しているのではないかとアレクシアは考察する。
なんにせよこの研究所の中枢部までたどり着くことができれば、その謎も自然と解明されるだろう。
そう考えながら内部を進むリュディガーたちの目の前に、一際強い魔力を感じる大きな部屋が現れたのはその時だった。
「……すごい魔力です。気分が悪くなるほどの!」
『これは確かに。人間でいうところの、肥溜めの臭いをかなりキツくしたような気分の悪さだ……』
「そ、そんななのか?」
思わずリュディガーが苦笑いをしてしまうアレクシアの例え方だが、想像してみると確かにわかるような気もするのが怖い。
しかし、だからといってここで引き返すわけにはいかない。
敵たちだって自分たちとずいぶん交戦しているわけなので、恐らくここが最後の決着の場になるだろう。
そう考えながらリュディガーたちがその部屋のドアを開けて中に踏み込んでみると、まずはこの部屋に入ってきた侵入者を抹殺するためのトラップが発動する。
『……!!』
「まずい! 撤退!!」
アレクシアがエスティナを、ウェザートがハイセルタール兄妹を押し倒しつつ部屋の外へと飛び出す形で引き返したその瞬間、背後で大爆発が起こった。
ものすごい轟音とともに吹き飛ぶその部屋から爆風が一行に襲いかかるが、そこは事前にアレクシアとウェザートが魔術防壁を張っておいてくれたので何事もなかった。
……ただ一人を除いては。
「うっ……ぐぐ!!」
「お、お兄ちゃん!!」
魔術の効果がないリュディガーだけはその爆風から逃れることができず、ウェザートとトリスの腕の中で爆風の威力が軽減されたとはいえ、それなりのダメージを受けてしまった。
「お兄ちゃん!! しっかりして!!」
「あっ、ああ……俺なら平気だ……って……」
「そんなわけないでしょ! と、とにかくどこかで物理的に治療できそうな場所を探さないと!!」
「わかりました、それならここは私が彼を引き受けます!!」
さすがにリュディガーに肩を貸すのは自分以外では厳しいと感じたウェザートが、女たちを残して治療できそうな場所を探しに向かう。
そして残りの無傷だった一行はアレクシアの手によって再び魔術防壁をかけられ、改めて部屋の中へと向かう。
「……もう、さっきみたいな爆発は起こらないかしら?」
『大丈夫だ。あれは粉塵爆発と同じようなものだ。この研究所の内部はかなり暑いからな。そこでこの部屋の中に熱すると爆発するように魔力を充満させておき、誰かが開けたらドカーンと……って仕掛けだな』
アレクシアがトラップについて詳しく説明してくれた時、部屋の中から感心した様子の声が聞こえてきた。
「さすがは精霊だな。ちゃーんとわかってんじゃねえか」
「……あなたは!!」
少しずつ晴れてきた爆発による粉塵の中から見せたその姿の主は、自分たちがここに来る前に見せてもらった似顔絵の人物だったのだ。
『そなたは……グレトル!!』
「ふん、久しぶりじゃねえか。このエスヴェテレスで何かしようとしてるっていうからわざわざ足止めしてやったってのによぉ、それを切り抜けてきちまうんだもんなぁ」
「足止めですって?」
グレトルが何を言いたいのかいまいちピンと来ていないトリスの様子を見て、そのグレトルは横を向いて誰かに向かって左手で手招きをする。
するとグレトルの横に、小柄な体格の槍使いの男が現れた。
その人物の服装を見た瞬間、ここに来るまでの間に手に入れた情報が結びつくアレクシアたち。
『お主は……もしかしてセレトとかいうパラディン部隊の人間か?』
「あれっ? 僕のことを知ってくれているなんて光栄だね。そうだよ、僕が第十パラディン部隊の隊長をやっているセレトだ。よろしく……ねっ!!」
そう言い終わると同時、セレトが腰から取り出したナイフを三人に向かって投擲してくる。
しかしそれはアレクシアの魔術防壁によって簡単に阻まれてしまった。
「こざかしい真似してるんじゃないわよ!」
「ふふふ、戦場では何でもありなんだよおばさん」
「お、おば……!?」
自分はまだそんな歳じゃないと、一気にエスティナの顔が真っ赤に染まっていく。
それを見たセレトがグレトルにこう言いだした。
「確かあなたはまだやることがあるんでしょ? だったらここは僕たちに任せて!」
「大丈夫か? この女たちは手ごわいぞ?」
「心配ないよ。まだまだたくさん部下はいるんだし!」
「……そうか。だったら任せるからしっかりやってくれよな!!」
セレトが足止めしている間にグレトルが逃げてしまう。
それだけはさせまいとするアレクシアたちだが、その前にルストが懐から取り出した謎の球体を地面に向かって叩きつける。
するとその瞬間、一行のいる空間にキィィィィィィィィィ……と耳鳴りのような音が響き渡った!




