147.いくつもの疑問
『しかし、今回の相手にしたエスヴェテレスの軍勢は明らかに目がうつろで、自我を失っていた。それと同時に気持ちの悪い魔力も感じた』
「あ、それは私も思ったわ!」
同じく魔術に明るいフェリシテも、自分の感じた状況を話し始めた。
「なんかこう……肌にまとわりついて離れてくれない感じが嫌だったのよね。変な魔力っていうか、あんな魔力をまとっていたら確かに自分を見失ってもおかしくないと思うわ。意識がどこかに持っていかれそうでね」
「となると、やっぱりそういう魔術を使えるのが相手にいるってことなのかしら?」
トリスの質問に答えたのはリュディガーだった。
「ああ、その可能性は高いだろうな。グリスだったらそれができなくもないかもしれない」
事実、グリスは傭兵パーティーの中では一番魔術に明るい人間だったので、そうした魔術をエスヴェテレスの軍人たちにかけてから戦場に送り出すことは容易だろう。
それにニルスも魔術剣士という立場で魔術には明るいはずだし、そうして手を組んだ人間が裏社会にも精通しているとなれば、こうして大勢の仲間を集めてその魔術に必要な材料も集められるんじゃないか、という予想を立てるリュディガー。
だが、アレクシアの予想はちょっと違っていた。
『仲間を集めるのは確かにわらわもそう思うのだがな、エスヴェテレスの人間たちが軍国主義を進めているのであれば、わざわざ自分の部下たちを使い捨てにするようなやり方をするだろうか?』
「アレクシア?」
『まあ、わらわは戦術には明るくないからこういうのは本職に聞いた方が早いだろう』
そう言いつつエルガーに目をやるアレクシアだが、当の本人は複雑そうな表情を浮かべている。
「私もエスヴェテレスの人間ではないから、断定はできない。しかし今回の話に関しては本当に力任せという感じがする」
エルガーいわく、エスヴェテレスの国力と今回の戦略がどうも嚙み合っていないような気がしていた。
「エスヴェテレスも最近は勢力を増してきているとはいえ、こんなに自分たちの兵を使い捨てにするような戦略をわざわざするものだろうか? もし侵略が失敗すれば、弱ったところを一気に叩かれて終わりだろうに」
「そうなると、今回のやり方はエスヴェテレスらしくないとでもいうのか?」
「と、思うが……軍事国家ならもっと戦略を練ってもいいと思うだけで、これが向こうのやり方なら私たちも全力で受け止めるだけだ」
事実、エスヴェテレスとヴィルトディンが激突するのは今回が初めてなのだからエルガーにだってわからない。
しかし、アレクシアにはそれとは別の疑問がまだあるらしい。
『わらわが思うのは……エスヴェテレスらしくないと思うのは魔力についてもそうだな』
「魔力? それってさっきの気持ち悪いって言っていたことじゃなくて?」
エスティナの疑問にアレクシアは神妙な面持ちでうなずいた。
『そうだ。魔力はこの世界の大陸それぞれで微妙に異なるんだが、今回わらわたちが戦った相手はこの大陸に住んでいる人間ではないような気がする』
「えっ、それって海賊のことよね? 海賊たちだったら他の大陸からやってきた人間がいたって不思議じゃないわよ」
バーレン周辺にだって多数の海賊が出没していたわけだし、そうした海賊たちを仲間に引き入れていたのならエスティナの質問にも納得がいく。
しかし、そこに突っ込んだのはエルガーだった。
「なら、どうして今回戦ったのは全員エスヴェテレスの騎士団の格好をしている人間たちばかりだったんだろうか?」
「ん!?」
「わざわざ海賊たち、それも臨時に雇っただけの人間たちにそんな制服をわざわざあつらえさせるものだろうか?」
「そ、それは……敵と味方を間違えないようにさせるためなんじゃないの?」
もし味方を間違えて攻撃したら問題になるだろうし、とエスティナが付け加えるがエルガーはどうしても納得がいかない様子だ。
「そんなに単純な話なのだろうか……私は納得がいかないが……ん?」
「どうした?」
ぶつぶつと呟きながら歩いていたエルガーが足を止めたのを見て、すぐ後ろを歩いていたリュディガーも足を止める。
それは、次の敵との遭遇を示す合図でもあった。
「……気をつけろ。この先にエスヴェテレスのキャンプがある。あそこから煙が上がっているのを見るとどうやら野営をしているみたいだ」
エルガーの指差す先には、確かに見える野営の煙。
それを見て一行は戦いの準備を始めるとともに、アレクシアとフェリシテが探査魔術で敵の様子を探る。
「……かなり数が多いみたいね」
『ああ。先ほどよりも大人数だ。これは気を引き締めていかなければな』
立ち止まっている暇はない。
リュディガーたちはまず、目の前に現れたキャンプに奇襲をかけることを決めて進み始めた。




