145.苦戦するヴィルトディン王国騎士団
「ザリスバート将軍、向こう側からエスヴェテレスの援軍ですっ!!」
「くっ、相手はあとどれぐらいるんだっ!?」
「それが、まったくの不明です!!」
部下からの報告を受けて、ヴィルトディンの双璧の将軍の一人であるエルガーは歯ぎしりを隠せなかった。
今まで何度もこうして戦場に立ってきている自分ではあるが、こんなに相手の状況を掴めないような戦いは初めてである。
何しろ、相手の戦い方がまったくもってデタラメもいいところなのだから戦術も何もないのである。
(何の前触れもなしに三方向から現れた敵に挟まれるだけでも非常に厳しいのに、倒しても倒しても終わる気配がない。これはよほどエスヴェテレスの軍勢が力をつけてきているってことだったのか!!)
確かに軍国主義になっている隣国との緊張が高まっているだけあって、ヴィルトディン王国軍でも近頃は軍事力の強化に力を入れてきていた。
しかしながら、相手がそれをあざ笑うかのように数で押してくるとなれば、いくら将軍の立場にあるエルガーが騎士団を率いてこうして前線に出てきても意味がなかった。
(クラデルは王都の防衛の指揮をとっているから、なんとかこちらは王都にこのエスヴェテレスの軍勢を入れないようにしなければ……!!)
しかし、このいきなり攻めてきたエスヴェテレスの騎士団たちだけではなく、今回はなんと海賊を動かして挟み撃ちにされてしまっているため、さらにヴィルトディンとしては劣勢の状況に追い込まれてしまっている。
そして何よりもエルガーが気になることが二つ。
一つは、荒くれ者たちの集まりとしか思っていなかった海賊たちがしっかりと作戦を練ってきているのか、それとも作戦など関係なしに正規の騎士団をきちんと追い込めるだけの技量を持っているのか……どちらにしてもかなりの強敵ぞろいであると実感させられていること。
正直にいえば、今までエルガーも海賊を討伐してきたことはあったものの、おおよそ作戦でもなんでもない単純な戦法の相手ばかりだった。
もしかしたら、心のどこかで海賊だからといってあなどっていたのかもしれないと自分の迂闊さを後悔する。
そしてそれ以上に気になるもう一つのこと、それは……。
(人間を相手にしているはずなのに、どうしてこんなに敵に生気が感じられないのだ?)
この戦いが始まってから何人も絶命させてきているエルガーだが、戦う敵たちの目に光が宿っていない気がして仕方がないのだ。
まるでスケルトンを相手にしているような不気味さとも戦いつつ、とにかくこの戦いがさっさと終わることを信じて自分のロングソードを振るい続ける。
だが、そんなエルガー率いるヴィルトディン王国騎士団が戦っている南部方面に一つの大きな影が現れたのはその時だった。
「……ん!?」
自分たちの身体を覆い隠すぐらいの大きさを持つ生物が、空をバッサバッサと飛んでやってきた。
一通り自分の周囲にいる敵を倒し終えたエルガーが、影に気が付いて空を見上げてみると、そこには一匹の青いドラゴンがいるではないか。
(ドラゴンだと!? くっ……こんな時に!!)
エスヴェテレスと海賊たちを相手にするだけでも手一杯なのに、さらにここに来てドラゴンまで現れたとなれば、正直にいってもうエルガーたちでは手に負えない状況となってしまった。
これはもう退却したほうが被害が少なくなりそうだと判断して、エルガーが撤退の指示を大声で出そうとしたのだが、それを中断させる光景が目の前で繰り広げられることとなる。
「……なっ!?」
なんと、エルガーたちに向かってきていたエスヴェテレスの軍勢や海賊たちに向かってドラゴンが突っ込んでいくではないか。
生気のない人間たちでも、さすがにドラゴンという人間とは何もかもが違うスケールの魔物が相手となると相手にならなくなってしまい、瞬く間にヴィルトディン騎士団が数で優勢になっていった。
いったいあのドラゴンはなんなのか?
状況からすると自分たちを助け出してくれたことには間違いないのだろうが、魔物が明らかに人間たちの争いに割り込んできただけではなく、一方の味方をするということは今まで考えられなかった話である。
頭の中がそうした疑問で埋め尽くされているエルガーだが、そんな彼をさらに驚かすことになる人物がそのドラゴンの背中から降りてきたのはその時だった。
「……あれっ、君は……!?」
「久しぶりだな、ザリスバート将軍」
どうして? なぜ彼がここに?
それはまさに、あの湖の中に光とともに消えていったはずの傭兵リュディガーの姿だったのである。
「おい、いったいこれはどういうことなんだ? 何がどうなっているんだ?」
「積もる話は後だ。まずはこのエスヴェテレスの人間たちを片付けるぞ!!」
そう言うリュディガーに、それもそうだとエルガーも同意する。
まずは敵を倒してからゆっくり確認すればいいと判断し、自分たちが優勢になり始めたこのチャンスを無駄にしてなるものかと一気に攻めの姿勢に出始めた。




