12.牢屋の攻防
どうやら眼鏡の男はかなり察しがいいようである。
だからといって、リュディガーはここから脱出することをあきらめてはいない。
「それはそれとして、俺をここから出してはくれないのか? 俺をこうやって追い詰めたのは、もしかしてあの精霊を狙っているからなのか?」
「ええ、そうですよ。精霊という存在をこうして認識してしまった以上、私たちが見過ごすわけにはいきませんからね」
「じゃあ、俺をさっさとここから出してあのアレクシアという精霊を追いかければいいだけだろう。俺は別にお前たちと何も関係ないんだからな」
そもそも、いきなり旅に出ろなどと言われてほとほと迷惑な話だと思っているリュディガーの言葉に二人の男も納得しかけるが、今までのことを考えるとそう言われたって出してやる訳にはいかないのだ。
「嫌だね。口ではそう言いながら、結局あの精霊とつながっているってことも考えられるから、お前を出したら何をされるかわかったもんじゃねーからなぁ? お前には死刑を宣告する。俺たちの仲間をやられた分、どんな拷問よりも惨く殺してやるからな。精々、残り少ない人生を頑張って生きてくれよ?」
「また後で来ますから、大人しくしているようにお願いしますね」
そう言い残して二人の男たちは去って行ったが、今までの話の流れからしてもリュディガーは即座に脱獄を決意する。
かといって、鉄格子を自分の腕力だけで捻じ曲げられるようなパワーは持っていない。
魔力による身体強化ができる人間もこの世には多数存在しているのだが、魔力のない自分には無理な話だった。
(さて、どうしたものかな……)
牢屋の中を見渡しても、排便用の丸い穴が一つ床に設置されているぐらいで本当に後は何も無い。
他に何か持っていなかったかな、と思いつつゴソゴソと自分の服の至る場所をリュディガーは漁ってみるが、目ぼしい物は全て没収されてしまっている。
せめてソードレイピアがあれば、それを使って出入り口の扉をこじ開けることができたかもしれないが、それもない以上効果的な脱獄方法はさっぱり思い浮かばなかった。
(駄目だ……ここは一旦落ち着こう。焦れば焦るだけ体力も消耗してしまう)
精神的な疲れがそのまま肉体の疲れに繋がる。
一旦ここは落ち着くために、壁に寄りかかって体力を温存するリュディガー。
だがそんな時、出入り口のドアが開いて一人の男が姿を現わした。手には小さな木製の椅子を持っている。
「ふぅん、お前が魔力を持たない人間ねぇ?」
「誰だ、お前は?」
「お前が逃げ出さないようにする見張りだよ」
その男はリュディガーにそれだけ伝えて、持って来た椅子を牢屋の前に置いて鉄格子を背にする形で座った。
「逃げ出さないようにって言われても、逃げるための手段も連絡手段も見当たらないんだがな」
半ばぼやくようにしてリュディガーはその男にそう言ってみるが、男からの反応は無かった。
魔力を持たない人間というのは、この見張り担当の男にとってはどうでもいいことであるらしい。
だが、ここで新たな閃きがリュディガーの頭に浮かんだ。
(外への……連絡手段……!?)
自分のぼやきから思いついた作戦。それを実行するにはこの見張りの協力が必要である。
だから、再びリュディガーは見張りにぼやきを交えて話しかけてみる。
「なあ、俺がもしこの場所から外に連絡出来る手段を持っていたらどうする?」
「……」
「だんまりか。なら喋るよりも実際にやってみせるからそこで見てろよ。びっくりさせてやる」
「……え?」
迷いを感じさせないリュディガーのその声色に、思わず男は上半身を動かしてリュディガーの方を見た。
そして男が見たのは、何もないはずの空中に向かって会話を始めるリュディガーの姿だった。
「まさかお前が本当に助けに来てくれるとは思いもしなかったけど、これでやっと外に出ることができる。……え? 心配するな。見張りの奴はお前がこうやってここにいることなんて信じてないみたいだし」
「なっ、何してやがる!?」
思わず腰のベルトに取り付けていた牢屋の鍵を手に取り、ガチャガチャと錠前を外して部屋の中に飛び込んでくる見張りの男。
そう、それこそがリュディガーの狙いだった。
(こんな子供騙しに引っかかるとはな)
勢いそのままに自分に向かってきた男の顔面に頭突きをかまし、男が鼻血を出しながら怯んだ所で首をグイッと腕で絞め上げて、素早くへし折って絶命させた。
もちろん彼が慌てて飛び込んできたため、牢屋の鍵は開きっ放しである。
(さて、さっさと逃げるとしよう)
応援を呼びに行かれる可能性もあったので危険な賭けだったが、どうやら良い方に転がってくれたようでリュディガーは一安心。
しかしこの先に何が待ち受けているかわからないので、さっさと脱出したい衝動を抑えて慎重に出入り口から先の気配を探りつつ、出入り口の扉の向こうに進むことにする。
そう考えて行動し始めたリュディガーだったが、ふと聞き慣れない声が彼の耳に届いた。




