128.見知らぬ景色
『ここからならネルディアまで距離があるね。だったらファルスに行こう』
「ファルスに?」
『ああ。そもそもリュディガーは魔術の効果がないんでしょ? だったらどっちにしても魔術の治療は無理だから、ここからだとファルスのミクトランザに運んだ方が早いんだよ』
そこには腕のいい医者もいるからね、と言い出したシュヴィリスだが、問題はシュヴィリスが着陸できないここからどうやってリュディガーを運び出すかである。
それはアレクシアが役に立つ時が来た。
『わかった。それならばまずわらわがリュディガーを外まで運ぼう』
「できるのか?」
『リュディガー一人ならなんとかなる。筋骨隆々な体躯だったら難しかったが、この男は細身だからな』
『わかったよ。でも事態は一刻を争うから、まずはリュディガーをミクトランザまで送り届けてからここに戻ってくる。それでいいね?』
「わかったわ」
まずは空を飛べるアレクシアが、魔力で強化した筋力を使って広場の吹き抜けからリュディガーを外まで運び出す。
そこに戻ってきたシュヴィリスがリュディガーを背中に乗せるが、誰か支えがいなければ飛んでいる間に落ちてしまうだろうという懸念が生まれた。
そこで急きょ、アレクシアがファルスの関係者であるラシェンを運び出して同じようにシュヴィリスに乗っていってもらう。
『それじゃ僕は行くから、君たちは森の外に出ていて!』
「うん、お兄ちゃんをよろしく!!」
トリスを中心にして見送られたシュヴィリスは、人間を助けるべくファルスの帝都ミクトランザへと全速力で飛び始めた。
森の中に残された残りの人間たちとアレクシアは、なるべく魔物を相手にしないようにしながら国境の森を抜けて、今日はもう近くの町や村で休むことにした。
「ここからなら近くに小さい町があるから、そこで休むことにしよう」
『ああ、よろしく頼む』
バーレンの地理を知りつくしているシュソンの案内でその町へとたどり着いた一行だが、まずはやるべきことがあった。
「さってと……君たちにはいろいろと世話になったよ。でも、僕もバーレンの騎士団に所属する人間の一人としては、今回の件に関して事情聴取をさせてもらわないといけないんだ」
それこそ人間の言葉を喋るドラゴンの話や、明らかに人間とは思えない力を持っているアレクシアについてなど、聞かなければいけない話は山ほどあった。
ひとまずシュソンは自分の主君であるシェリスに連絡を入れて無事を報告しつつ、宿屋の職員からペンと紙を用意してもらい事情聴取を始めるのであった。
◇
リュディガーは見知らぬ景色の中をさまよっている。
あの木が自分に向かって倒れてきて、そこで意識がプッツリと途切れてしまったはずなのに、自分の下半身は何事もなく動いている。
だが、自分が今こうして歩いているこの場所はいったいなんなのだろうか?
(知らない土地だ。シュヴィリスが出した霧みたいなのがかかっている場所みたいだが、こんな場所は知らないぞ……)
持ち前の冷静さで、自分がどんな状況に置かれているかを把握しながらとにかくまっすぐ進んでいくリュディガーだが、不意にその辺り一面を覆っている深い霧の中から何かが見えてきた。
(あれは……何かの村か?)
何軒もの簡素な造りの住宅が、木の柵で覆われた敷地の中に点在しているのは間違いなく村である。
偶然にも人里を見つけることに成功したリュディガーは、ここの住人たちにいろいろと話を聞いてみるべく村の中へと進んでいく。
しかしその村の中に入ろうとした途端、どこからか人間の話し声が聞こえてきた。
「……だから、俺がここにきたのはそういうことじゃないんだ。わかってくれないか?」
「わかるものか。余が治めるこの土地に無断で入り込んでくるような人間の言い分など、聞く気にならん」
(なんだ?)
聞こえてくる会話の内容からすると、どうやら穏やかな会話とは程遠い内容らしい。
話をしている人間たちは村の中にいるらしく、家の陰から壁に張り付いて様子をうかがうリュディガー。
そこで見えてきた人間の姿は二人。一人は黒髪に黒を基調とした服装の若い男。
そしてもう一人は中年の茶髪の男なのだが、見る限りではどこかからやってきた旅人のようである。
先ほどの会話の内容から察するに、旅人がこの村に迷い込んで黒髪の男に咎められている場面らしいのだが、リュディガーは心の中で何か引っかかるものを感じていた。
(あの茶髪の男……どこかで見た記憶があるんだが……)
しかしそれを誰だったか思い出そうとしているリュディガーに、なんと黒髪の男が気がついてしまったようだ。
「……おい、そこに誰かいるのか!?」
(しまった!)
なぜだか逃げなければまずいと思ったリュディガーは、踵を返して走り出そうとした。
だが、こんな時に限って急に強い頭痛とめまいが彼を襲う。
「くっ……!?」
こんな時になんだってんだ。
そんなリュディガーの抗う気持ちをあざ笑うかのごとく、意識がだんだん遠のいていった。




