126.予想外の展開
バサッ、と。
普通のロックウルフの生態では想像もつかない出来事が、人間たちの目の前で起こったのである。
「えっ?」
「つ、翼が生えたぁ!?」
今しがた物理攻撃を当てたシュソンとラシェンが、身の危険を感じて素早くバックステップで距離を取る。
狼に翼は生えない。それは当たり前のことだと思っていたのに、今の自分たちが対峙しているこれはその常識を覆すものだった。
その様子を見ていたトリスが、これは……とすぐに察しをつける。
「あの逃げていった二人が何かの実験をしていたって言ってたから、多分その実験台にされたみたいね」
「くっ、空に逃げられると厄介にも程があるわ!!」
そう言いながら魔術で攻撃するフェリシテと、弓を使って遠距離攻撃に徹するトリス。
翼が生えて凶暴性が増したロックウルフは、自由に動き回れるようになった自分の岩の肌を使って突進攻撃も仕掛けてくるようになった。
「危ないっ!!」
「うおっ!?」
動きをよく見て回避する暇もないぐらい、その巨体からはイメージできないほどの素早い動きを見せるロックウルフ。
元々の狼の瞬発力も併せ持っているだけに、なかなかの強敵であると緊急回避をしながらリュディガーとラシェンは思っていた。
そして突進を回避されたロックウルフは、後ろにあった木々に思いっきりぶつかってしまったものの、頑強な肌のおかげで傷一つない。
むしろ無事ではないのはそのぶつかられた木々の方であり、やや細めの木々だったとはいえバキバキと音を立てて折れてしまったのである。
「あんなのにぶつかられたら絶対に無事じゃ済まないわよ!」
『ならばぶつかられる前に倒すのみだ!!』
森のヌシというだけあって、非常に強いこの相手をどう倒すか。
それはもう一斉攻撃で叩き潰すしかない。
いくらゴツゴツした岩肌を持っているといっても、絶対に耐久力には限度があるはずなので、その肌が崩壊するまで攻撃を続けるのみである。
だが、そう考えていた人間たちの考えを覆す出来事が目の前で再び起こることとなる。
「はああっ!!」
「ふっ!!」
気合いを入れて攻撃するリュディガーと、息を吐きながら矢を放って的確に当てるトリスの、兄妹による連係攻撃。
それは確実にロックウルフにダメージを与えた……はずだったのに、ロックウルフは一瞬怯んだだけでさらに凶暴性が増したのである。
「ガウウウウアアアアッ!!」
「えっ、えええええっ?」
「伏せろ!!」
前右足の鋭い爪が、人間たちに向かって空中から襲いかかってくる。
普通に攻撃しただけなのに、いったい何がどうなっているのか?
もしかしたらその実験とやらの効果が、時間が経つにつれてどんどん出てきてしまっているのではないか?
だとすれば、さっさと倒してしまわなければ非常にまずい展開になってしまう。
「くっ!」
標的が地面に降りてくるタイミングを見計らったエスティナがロックウルフの側面に回り込み、比較的柔らかい腹部目掛けてロングソードを振るう。
的確に狙った部分に傷をつけることに成功し、悲鳴を上げながら身をよじるロックウルフだが、新たに生えた黒い翼が激しくはためく。
するとよじった身体がさらに大きく揺らめき、周囲全体に目に見えるぐらいに強い黄色い波動を撃ち出した!
『ぐっ!!』
万が一のために人間たちの目の前に展開していた魔術防壁で、リュディガー以外の全員は何事もなかった。
そして残ったリュディガーは、運良くその波動が飛んできた場所にいなかったので難を逃れたのだが、遠くからロックウルフを見ることになっていた彼が違和感を覚える。
(さっきよりも凶暴化している感じがする……?)
本当に時間経過であれが凶暴化するのか?
いや、それもあるのかもしれないがもっと何か別の原因があって凶暴化につながっているような気がする。
リュディガーにはどうにもそう思えてならなかったのだが、それを考えているのはアレクシアも同じだった。
【やはり妙だ!! あの魔物は普通ではない。なんだ……何が違うんだ!?】
もう少しでその答えが出そうなところまで来ているのに、確証が掴めないので引っかかってしまっている。
なので攻撃の手は緩めずに、少し観察してみようと決意したアレクシアはこの後、まさかの事実に気がつくのであった。
「はあああっ!!」
「おらあ!!」
なるべく分散して戦い、的を絞らせないようにする作戦で攻めるシュソンやラシェンの物理攻撃が中心の人間たちと、トリスやフェリシテのように遠距離攻撃主体のグループに分かれて戦う人間たち。
そして攻撃を受けるに従って凶暴性や攻撃のレパートリーが増していくロックウルフ。
焦りが人間たちの中に浮かび、攻撃が激化するのは当たり前のことなのだが、リュディガーがソードレイピアでロックウルフの腹部を突き刺した時にまた凶暴化する。
それを見て、自分の中で引っかかっていた気持ちが取れていったのがわかったアレクシア。
【まさか……いや、間違いない!! こいつは……】
その事実を確信したアレクシアは、人間たちに向かって普通ならありえないことを叫んでいた。
『直接攻撃をやめろ!!』
「え?」
『この魔物は、物理攻撃を受けるたびに強くなっているんだ!!』




