123.国境の森
「おい、あいつワイバーンを下げ始めたぞ?」
「どうやらあの森の中に着陸するようだな」
ラシェンとシュソンがそう呟いたのを聞いていたシュヴィリスが、ワイバーンと同じ場所への着陸に難色を示す。
『あそこはまずいね。ワイバーンならギリギリ着陸できそうな場所はあるけど、僕はワイバーンより二回りぐらい大きいから、森の外じゃないと着陸は無理だね』
「そんな! せっかくここまで追い詰めたのよ!?」
ここまできてそれはないでしょと落胆するトリスの横で、アレクシアが冷静にこれからのことを考える。
『とりあえず森の外から中に向かって追い詰めるしかないだろうな。出入り口は一つだけか? それとも複数か?』
「北と南にそれぞれ一つずつだ。あそこはバーレンの領土に位置しているが、一部ファルス側にも森の敷地がある状態だからね。追い込むのであればどちらの出入り口も塞ぐべきだよ」
『それならまた、わらわたちが二手に分散して追い詰めるべきだな』
アレクシアの提案が一番だということで、ここはそれぞれの国に属しているシュソンとラシェンが各国の出入り口から外国人たちを案内することになった。
シュヴィリスはシャレドがまたワイバーンで空へと飛び立った時に、すぐに追いかけていけるように上空で待機しているとの話である。
これでシャレド包囲網が完成したのだが、リュディガーはなぜか胸騒ぎを覚えていた。
(妙だな。人数差を考えて、こういう状況になると俺たちが絶対的に有利な立場にいるはずなのに、この不安感は一体なんなんだ?)
情報収集が得意なシャレドのことだ。
きっと森の中に逃げ込んだのは、単純に無策で当てずっぽうというわけではなく、自分たちを誘い込むための罠を仕掛けている可能性がある。
あいつはそういう男なんだと、彼とパーティーを組んでいた時から思っていたリュディガーはメンバーたちに注意を促して、自分はバーレン側から入っていくことにする。
『こっちのチームはわらわとそなたたちだな』
バーレン側から入るのは、そのバーレンの騎士団員であるシュソンを先頭にしてアレクシア、リュディガー、トリスの4人だった。
シュソン曰く、この森はそこまで広くはないものの凶暴な魔物が多数生息しており、それを踏まえてシャレドはここに降り立ったのかもしれないと予想する。
「ここは確か、森の中央がちょうど国境にもなっているからそこに広場を作って、どっちから入ってもそこで休めるようになっていたはずだよ」
「そうなのか。だったらさっさと先に進みたいが……」
どうやらそうもいかなさそうだぞ、と言葉を終わらせるリュディガーの視線の先には、大きさを問わず多数の魔物が闊歩している光景があった。
この魔物たちを倒していかなければ、ここに逃げ込んだはずのシャレドの元にはたどり着けないようである。
それはリュディガーたちと反対側にある、ファルス側の出入り口から森の中に入っていくラシェン、フェリシテ、エスティナの三人もそうだった。
「魔物が多いって確かに聞いてはいたけど、この多さは尋常じゃないわよ!」
「そうだぜ。だから俺たちもバーレンの奴らも定期的に駆除してるみたいだけどよぉ……」
何かがおかしいな、とラシェンは自分が違和感を覚えていることに気がついた。
愛用の二刀で魔物たちを鮮やかに倒していくラシェンだが、それにしては妙に手応えが薄い気がするのだ。
騎士団の任務で今まで数え切れないほどに魔物を斬ったことがあるラシェンだからこそ、その経験が違和感を教えてくれている。
一方で、この三人の中で最も魔術に精通しているアレクシアもその魔物に対する違和感を覚えていた。
だが、それはラシェンの言っている手応えの話ではないようである。
「この魔物たち、魔力がおかしいわ」
「えっ、どういうことなのよそれ?」
「普通の魔物の魔力っていうのは、人間たちと同じように大抵が単一の属性しか持っていないのよ。中には例外で二つとか三つとかの属性をいっぺんに持っている魔物もいるんだけど、かなり稀にしか生まれないのよ」
でも、と魔物を駆除するのがひと段落して休んでいたフェリシテが、グルリと森の中を見渡してつぶやく。
「この森の中で今まで倒した魔物たちのほぼすべてが、複数の魔力が混ざり合っているのよ。ここってそんなに稀にしか生まれないはずの魔物の密集地帯なのかしら?」
「ここは……いや、俺たちにとっては魔物が多い森としか思えない。魔術師連中が前にここに調査に来たことがあったんだが、その時は普通だったって言ってたぜ」
「それはいつの話なの?」
「二か月ぐらい前だったはずだ。繁殖期に入ったから調査しに行こうって話になって、その時も俺の右翼の連中が調査に向かったぜ」
しかし、ラシェンは騎士団長の立場でもあるので今回のように特別な機会でもない限りはこんな国境付近まで出てきたりしない。
つまり前回の調査から何かがあって、こうした状態になってしまっているのだろうと三人が考え始めていたその時……。




