10.降りかかる新たな災難
「……なんだ、お前たちは?」
『雰囲気からすると、どうも友好的な者たちではなさそうだな』
アレクシアのその言葉を合図としたのか、黒ずくめの男女はそれぞれの手に武器を持ち、魔術の発動を準備しながらジリジリと近づいてくる。
それを見て、ふとリュディガーはあの騎士団員たちとの会話を思い出した。
「確か……この山を根城にしているらしい盗賊団が現れているらしいと聞いていたが、もしかしてこの連中か?」
『そうかもしれないな。だが、この人数相手にそなた一人ではきついだろう。わらわが時間を稼ぐからそなたは逃げろ』
「え?」
いや、さすがにそんな非道なまねはできない。
いくら相手が「いきなり旅に出ろ」と言ってくるような精霊だったとしても、少女姿の彼女をここに残していくわけにはいかないと感じているリュディガー。
そんな彼の心配を悟ったのか、アレクシアはグッと親指を立てた。
『心配するな。わらわは精霊なのだからな。さぁ行け!』
「わっ!?」
下手な男よりも強い力で押され、バランスを崩しながらも踏ん張ったリュディガーは、そのまま帝都アクティルの方に続く道を駆け出した。
残ったアレクシアはどうするのかといえば、まずは両腕を頭上に伸ばして魔力を溜め始める。
それを見た黒ずくめの人間たちが一斉に襲い掛かってこようとするが、この時この集団は大事なことを忘れていた。
まだあの洋館から離れていないこの場所で、リュディガーと違って体内に魔力のある自分たちが下手に動けば、ガーディアンとして配置されている小型の魔物たちの集団がその魔力に反応して襲い掛かってくることを……。
「ギャウウウウウッ!!」
「ガアアアアアアッ!!」
殺人トカゲ、殺人サソリ、殺人ワシ……さらにヘビやクモなどの自然の中から生み出される小型の魔物たちが一斉に黒ずくめの集団に襲い掛かる。
自分たちよりもはるかに数の多いその魔物の集団に対して、懸命に抵抗する黒ずくめの集団だが、なすすべなく一人また一人とやられていってしまう。
「う、うわあああああっ!!」
「がああああっ!」
「ぐふぁ!?」
鋭い爪で切り裂かれ、頭を食いちぎられ、のしかかりで踏みつぶされる。
しかし、それを切り抜けた何人かとさらに現れた黒ずくめの集団の増援が、アレクシアめがけて襲い掛かっていく。
それに対して、アレクシアは振り上げていた両手を下ろし……その瞬間に天が一瞬光り輝く。
昼間で太陽も出ているのに、それでもわかるぐらいの閃光が光ったかと思うと、一拍遅れて天が裂けたかのような轟音が周囲に響き渡った。
「ぎゃっ!!」
「ぐほ」
「ぐっ!?」
もはや断末魔の叫びをあげることも満足にできないまま、周囲の黒ずくめの人間たちが次々に地面へと倒れていく。
それはやがて、人の形をした黒焦げの物体となって肉が焼けるにおいをまき散らしていた。
もちろん、その轟音は……晴れた昼間に降り注いだ雷の音は逃げているリュディガーにも聞こえていた。
(な、なんだ今の音!?)
音からすると雷のようだが、必死になって逃げているリュディガーにはそれを確認しているだけの余裕はなかった。
しかし、アレクシアが何かをやったのだろうということは理解できた。
自分はとにかくこのまま、自分の方にも次々に現れる追っ手を振り切ってアクティルまで逃げ切るしかないと考えていたのだが、さすがに敵の数が多すぎて気が付くのが遅れてしまったことがあった。
(……ん!?)
違う、この道じゃない。
気が付いてみればアクティルへと戻る道を大幅に外れ、うまい具合に山の中のルートへと誘導されてしまっていたらしい。
急いで引き返そうとするリュディガーだったが、そんな彼にいつの間に迫ってきていたのか、一人の男が立ちふさがった。
「そっちじゃねーよ、お前が行く方向は……反対だろ!?」
「ぐっ!?」
その黒ずくめにオールバックの黒髪の、ガタイの良い男の姿を認めたと同時にリュディガーは腹部に衝撃を受ける。
男から前蹴りをくらわされたとわかったのは、自分が腹部に痛みを覚えて地面にうつぶせに倒れこんだからだった。
だが、このガタイのよい男はどこから現れたのかさっぱり見当がつかない。
それでも何とか立ち上がって腰のソードレイピアを引き抜こうとしたリュディガーだが、それよりも先に男のロングバトルアックスが振るわれるのが先だった。
「くっ!!」
ブオンと風を切る音が聞こえたのと同時に、リュディガーは身をかがめて間一髪でその振り抜きを回避。
このままではまずいと考え、とにかく敵のいない方向に進もうと再び走り出したリュディガーだったが、それが間違いだった。
「……う、うわああああっ!?」
男から逃げるのに夢中になっていたリュディガーが、その先に突然現れた落とし穴にかかって、そのまま暗い穴の中に落下していった。




