9.不審な影と館にいた理由
「……おい、見たか?」
「ええ、もちろんです。先ほどのケルベロスをあんなに簡単に倒してしまうぐらいの実力を持っているあの女性……それもあれは、明らかに人間ではありませんね?」
「俺も同じ意見だぜ。こりゃあうまそうな匂いがするなぁ~?」
少し離れた崖の上から、館の前にケルベロスが居座っているのを見つけて面白そうに様子をうかがっていた二人の人間。
一人はガタイがよく、右手には己の武器である両手斧を握って、短めの黒髪をオールバックにしている黒ずくめの服装にこれまた黒い鎧を着こんで武装している若い男。
もう一人はその斧使いの男とは対照的に、黒い縁取りがされた白い上着を着こんで、これまた白いズボンを履き、手には黒い革手袋、足は黒のロングブーツでそれぞれ素肌を覆い、眼鏡をかけて白い長髪を腰の辺りまで伸ばしているやせ身の男だった。
この二人はとある目的があって館の近くまで来ていたのだが、そこでケルベロスが突然地面が盛り上がったり木によって串刺しにされたりして絶命する場面を目撃した。
そして館の中から現れた、見知らぬ青髪の男と金髪の女。
その二人の姿を望遠鏡で見つめ、もしかしたらとんでもない場面に出会てしまったのかもしれないと察する。
「……では、あの二人を捕らえるということですか?」
「そうだな。この辺りの散策はあらかた済ませたし、他の奴らに邪魔されないためのトラップは山ほど仕掛けてあるんだし、俺たちが名前を売るにはちょうどいい代物だろ?」
「かもしれませんね。ですが油断は禁物です、あの上下ともに茶色い服装をしている男性の方は、服装からするとおそらく冒険者か傭兵でしょう。しかし、女性の方はまるで得体が知れませんからね」
「わかってるよ、それじゃあ早速行動開始だ! ……また思わぬ収穫が増えるぜ、こりゃあよ!」
そんな二人の会話どころか、姿があったことにさえもに気づくことなく、リュディガーとアレクシアは帝都に戻るための道のりを歩いていく。
道中の話題はもちろん、リュディガーがこれからとるべき行動についてだった。
「……で、俺に旅に出ろというが……俺の意見は無視か?」
『いいや、そなたが旅に出たくなければ出なくてもいい。それで世界が滅びるかもしれないが』
「だからそれがわからん。なぜ俺が旅に出なければ世界が滅びる? そんなにスケールの大きな話に乗っかった覚えはないんだがな」
いつもの自分とは比べものにならないほどに喋っていると自覚しながら、リュディガーはやや怒り気味にアレクシアに問いかける。
精霊少女は無魔力生物である彼の質問に対して、なぜ自分がこの館の中にいたのかを絡めて説明しだした。
『実は、わらわはとある人物に追われていてな。その人物を倒すのはそなたしかいないと感じたのだ』
「誰だ?」
『傭兵のニルスという男だ。聞いたことはあるか?』
「ニルス? いいや、知らないな」
そもそも傭兵に対して普段から縁のないリュディガーは、そんな傭兵の名前を聞くのも初めてである。
そこもまだ説明を受けることになった。
『その男は若いながらも優秀であり、才能の塊という言葉がピッタリな傭兵だ。しかし、彼は人間性に問題があってな。生物をバラバラに解体するのが趣味だったり、この世界の一部で進んでいる科学技術を魔術と合成させて新世代の兵器とやらを生み出そうとしていたりするものだから、なかなか表舞台に出たがらないんだ』
「で、その男がどうしてお前と関係がある?」
『ニルスがわらわの結界を解いたからだ。わらわたち精霊は、普段は世の中に溶け込んで真の姿を見せないように暮らしている。わらわもこうして少女の姿をしているが、これは人間社会に紛れて生活をするために作り出した幻影みたいなものだからな』
しかし、精霊たちの真の姿は肉体を持たない浮遊体みたいなものであり、それを強大な魔力によって隠しているのだという。
それをニルスによって見破られてしまい、精霊の魔力を奪うために散々追い掛け回された結果、こうして古びた洋館を見つけて小型の魔物を多数配置したり、自らの魔力を使って生み出した番人を使って自分の身を守っていたのだという。
「だったらずっとあの館の中にいればいいだろう。そうすれば俺が旅に出る必要もあるまい?」
『それがそうもいかない。魔力を駆使するあの男は、そなたみたいな無魔力生物でなければ倒せないからだ。それにそなたはあのルヴィバー・クーレイリッヒの子孫にあたる人間。精霊界でも噂されるほどの冒険家の男だからな。それに意味があるんだ』
「意味……?」
『ああ、そなたにはその意味がある。それを知ってほしくて、わらわはこうして説明を……ん?』
そこでふと、アレクシアが歩いていた足を止めて周囲を見渡す。
その彼女の表情は明らかに周囲を警戒し、何かを察知した顔つきだった。
それに気が付いたのだろうか、バラバラと周囲の森の中から黒ずくめの人間たちが出てきたのはその時だった。




