第4章 第14話 「ある男の苦悩」
14話です。
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「ふぅ。」
熱血屋のテーブルに座り、生ビールをあおった男は一息ついた。
男には大きな悩みがあるのだ。
短髪にスーツ姿の男はもうすぐ30歳になる、青葉ケーブルテレビの社員である。
独り身の彼は仕事を終えると毎日、熱血屋で生ビールをジョッキで一杯飲み、それから遅い夕食を採る。
今日は久しぶりに天ぷら定食にした。
お刺身も付いていてリーズナブルでお得だ。
健康を考えてサラダも付ければよかったかなと思うのは、とりあえず野菜を食べればいいだろうという、若い独身男性特有の思い込みであろう。
熱血屋での夕食を終えると、彼は誰もいないマンションに戻りシャワーを浴びてから寝る。
これが彼の帰宅するまでのルーティーンである。
彼は地方出身者である。
頑張って東京の有名大学を出て、昔からの夢であったアナウンサー試験を受けたのが、どのTV局にも採用されなかった。
どうしてもアナウンサーになりたかった彼は、最後に青葉ケーブルテレビのアナウンサー採用試験を受けた。
その年、青葉ケーブルテレビはケーブルテレビにしては珍しくアナウンサーを募集していたのだ。
一通り面接が終わった後、偉いさんらしき頭の薄い白髪の面接官に心配そうに言われた。
「本当に青葉CATVでいいの?」
この時、彼には面接官の言っていることの意味が全くわからなかった。
自分はアナウンサーになりたいのだ。
贅沢を言えば大手TV局のアナウンサーになりたかった。
しかし向こうは自分をいらないと言ったのだ。
いらないと言われれば諦めるしかないだろうが、どんな地方局でもいいからアナウンサーになって、自分を落とした局を見返してやろう!
彼にはそれくらいの気概があった。
「なんでもします!どんな苦労もしてみせます!僕は絶対にアナウンサーになりたいんです!」
彼はハゲ白髪の面接官に向かって言った。
「君、採用!」
ハゲ白髪の面接官は彼を指さしながら笑顔で言った。
青葉島に移住した初日、引っ越し作業をしていた彼の目の前で2機のワーカーが大暴れした。
『な!な!な!なんだ!』
彼はワーカーを目の前にして恐怖を覚えた。
怖かった。
ただひたすらに怖かった。
ワーカーはテヤンデーとビッグとんとんに取り押さえられたのだが、その時に彼は理解した。
「本当に青葉CATVでいいの?」
と言った、面接官の本当の言葉の意味を…。
これからの事を考えると背中が寒くなった…。
翌日、会社の人にその話をしたら意外な反応が返ってきた。「そんなことは日常茶飯事だ。」
彼は呆気にとられた。
「そうですよね~。ここはロボットの島ですもんね~。」
引きつった笑顔を浮かべながら、そう強がるので精一杯だった。
めでたくアナウンサーになった彼は、まず最初に一人のディレクターについた。
いわゆるアシスタントディレクターと言われるやつである。
これは局の方針であり、アナウンサーになる前に一通りTV局の仕事を覚えろという事だがそれは建前だ。
単なる人手不足だろう。
彼がついたディレクターは「熊さん」と呼ばれる、ヒゲ面の痩せ男だった。
熊さんは無口な男で、必要な事以外ほとんど口を開かなかったが、彼は必死で熊さんについていった。
車や弁当の手配はもちろんの事、照明さんや音声さんの手伝いもした。
ロケの交渉までやってのけたのだから、アナウンサーというより完全にADだ。
それでも文句一つ言わずに必死で頑張った。
ADを3年間続け、顔を見ただけで熊さんの考えがわかり始めた頃、彼はアナウンサーになった。
とはいえADと兼任である。
最初に担当したのは、毎日23:00から放送されている「今日の青葉島」という番組の後番組だった。
「今日の青葉島」は視聴率が低いということで、今までとは違う番組を作ろうという話になったのだ。
正直な話「今日の青葉島」は地方局のニュース番組みたいな堅苦しい番組だった。
アナウンサーがその日あった事を淡々と話すだけなので、面白くも何ともなかったのだ。
ならば番組を一新しよう!
という事で、新しいアナウンサーに彼が選ばれたのだ。
早速、新番組の制作会議が開かれ彼も参加する事になった。
彼は嬉しくて堪らなかった。
やっと夢にまで見たアナウンサーになれるのである。
嬉しくないわけがない。
しかし話は、彼の想像を遥かに越えた方向へと進んでいった。
熊さんが「新番組は明るくて楽しい番組にしよう。」と言い出したのだ。
言われてみれば確かにそうだ。
全員が深く頷いた。
「かたっくるしいスーツ姿のアナウンサーが、ニュース原稿読むだけの番組を誰が観る?」
熊さんは全員に問いかけた。
確かにそうだと誰もが納得をした。
熊さんが話を続ける。
「いっその事、アナウンサーがキャラを作ってバカみたいな格好で明るくやったらどうだ?」
『うんうん。さすが熊さん、良いことを言う。』
彼も大きく頷いた。
『ん?ちょっと待て?熊さんは今なんて言った?キャラを作る?バカみたいな格好をする?誰がだ?』
彼が呆然としながらそう思った時、彼と熊さん以外の全員が大きな拍手を熊さんに送った。
話はあっという間に決まってしまった。
彼にとっては最悪の方向に…。
新番組は新キャラが進行し、ニュース番組から情報番組になった。
残る問題は彼がどんなキャラを作り、いかにバカな格好をするかである。
しかし彼は中肉中背のいたって普通の体格だ。
顔にも特徴はなく、誰が彼の顔を見ても3秒もあればきれいさっぱり忘れるだろう。
「こういう時は思い切ってやった方がいい。たとえば…。」
熊さんはそう言うと、いくつかのバカな格好の案を出した。
・お相撲さんの格好をして髷にいろんな物を刺す。(頭に刺す物には季節感が重要。)
・とりあえずパンツ一丁になる。(おしめでも可)
・ニセ外国人になる。(片言でしゃべる。)
・着ぐるみを着る。(顔出しなしでもO.K)
『マジか…。』
彼は頭を抱えた。
理想のアナウンサー像から離れていく。
その距離は月と太陽よりも遠い。
彼は番組を降りる事も考えたが、数少ない50を過ぎた先輩アナウンサーがそんな格好をするわけがないし、人としてそんなことはさせられない。
『やられた…。完全にやられた…。逃げ場なしだ…。俺、熊さんに嫌われてたのかな…。』
彼は泣きたくなったが、決まったものはしょうがない。
今の彼に出来ることはいかに恥ずかしくみえて、出来るだけ恥ずかしくない格好をチョイスする事だ。
かと言って現時点で出来るチョイスは「ふんどし」「パン1」「ニセ外国人」「着ぐるみ」である。
選択肢があるようでない…。
まさに逃げ場なし!
まさに蟻一匹逃さない完璧な包囲網である。
しかし彼は諦めなかった!
「やるのは構いません!ですが、キャラは自分で決めさせてください!お願いします!」
彼は懇願した。
「どんなキャラにするかはお前が決めるといい。それで駄目ならこっちからも意見を出す。」
熊さんがそう言ってくれたので、翌日の会議で彼が考えたキャラをお披露目する事になった。
会議が終わり、彼は衣装部屋に飛び込んだ。
数少ない衣装と小物を見ながら彼は必死で考えた。
なぜかふんどしにやたらと目がいくが、ふんどしは回避しなければならない。
彼はお相撲さんではないし、ふんどしを巻いたらお相撲さんをバカにしているのかと言われる可能性もあるだろう。
安易に笑いを取りにいったと思われるのもしゃくだ。
何より人として負けた気がする。
何に負けたのかはうまく説明出来ないが。
翌日、彼は会議室に現れた。
アフロヘアーのカツラを被り、星形のサングラスをかけ、首には金のネックレス(ニセモノ)、ゴールドのまばゆいシャツの胸元は大きく開き、黒いパンタロンを履いている。
「YAH!DJハマヤーだyo!」
彼は思い切り明るい声で言った。
「それで行こう!」
熊さんが手を叩いた。
他の人達も満足そうにDJハマヤーを見ている。
こうしてDJハマヤーは誕生し、番組名も「DJハマヤーのエンジョイ青葉島」に決まった。
制作サイドの狙い通りに明るい情報番組は人気を博し、DJハマヤーは島の有名人になった。
しかし番組が長く続いていくうちに、Dハマヤーはマンネリになりつつあった。
今、DJハマヤーは行き詰まりつつあるのだ。
『どうしたものか…。』
彼こと浜山孝士29才は大いに悩んでいた。
天ぷら定食はまだかな?
ビールがぬるくなっちゃうよ。
もう一杯頼めばいいか。
と、思いながら…。
タイトルはストレートに「DJハマヤーの悩み」でもよかったかも知れない。




