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第一章 9話「倫子vsホイさん定食」

第一章 9話です。

3人が入ったスタッフルームは大きめのテーブルが一つと、椅子が6つ置いてあるだけの狭い部屋だった。

部屋の奥にはドアがあり、奧の厨房へと繋がっているようだ。



3人がテーブルに座ると真美が倫子に尋ねた。

「どう?疲れた?」

「大丈夫です。だけど…。」

倫子の顔が暗くなった。

「どうしたの?体の具合でも悪いの?」

真美が心配そうに尋ねた。

「すっごくお腹が空きました。」

倫子は笑いながら言った。


「遅番の日は夕食をここでとるの。すぐに食事が来るから待っててね。」

真美がそう言った途端、厨房のドアが開き巨漢のコックさんがやって来た。

目が糸のように細く、鼻の下にはナマズのようなヒゲが生えていて、手には料理の載ったお盆を持っている。

「お待たせね。これ食べて元気だすね。」

ナマズ髭のコックさんはそう言うと、テーブルの上に料理を順々に置いていった。



まずは3人の前に、チャーハンとから揚げがそれぞれ置かれていく。

「すぐラーメン持ってくるね。」

コックさんはそう言って、厨房に戻って行った。

「お昼抜きだったからお腹がペコペコです。」

倫子が恥ずかしそうに言った。

「え?お昼抜きであれだけ動いていたの?」

真奈美は驚いた。

「クッキー1枚だけ?」

真美も驚いている。

「はい…。浮かれていて食べるのを忘れていました。」

倫子は恥ずかしそうだ。



「ラーメンお待たせね。」

コックさんがラーメンを持ってやって来た。

「おいしそう!ホイさん定食ですね!これ食べたかったんです!」

倫子は歓喜の声をあげた。

「新人みんな、最初にホイさん定食たべるね。食え。」

コックさんは倫子の前にラーメンを置くと、そう言って笑った。人懐っこくていい笑顔だ。



「いただきます。」

3人は手を合わせると食事を始めた。

しかしこのいただきますが倫子とホイさん定食の開戦の狼煙となった事を、まだ誰も知らなかった…。



真美と真奈美はおいしそうに食事を始め、コックさんは笑顔で二人を見ていたが、不意に倫子に視線を移した。

倫子は箸も持たずにじっと料理を見つめている。

コックさんがしばらく見ていると、倫子はおもむろにレンゲを手にとり、大盛りのチャーハンにレンゲを突っ込むと、すくい上げてまじまじと見た。

具は卵とチャーシュー、ネギだけのシンプルなものだ。


倫子はチャーハンを口に含むと目を瞑り、ゆっくりと噛みしめて味わいだした。

チャーハンを味わい終えた倫子は「このチャーハン、お米全体にまんべんなく火が通ってる!チャーシューもゴロゴロしてて最高やん!味付けも絶妙!」そう言って倫子はレンゲを箸に持ち替えると、今度はラーメンに突撃した。


ラーメンにはもやしとメンマ、半分にカットされた煮卵とネギの他に、分厚いチャーシューが二枚これでもか!と言わんばかりにその圧倒的な存在感を放っている。

ナルトも海苔も見当たらない。


倫子はラーメンに顔を近付けて立ち昇る湯気を深く吸い込むと、素晴らしくおいしそうな香りが倫子を魅惑の世界へといざなった。

「スープは醤油豚骨やね。その割にはスープが澄んでるなぁ…。徹底的にアク取りしてるんやろなぁ。」

レンゲですくったスープを飲みながら倫子は言った。


次に倫子は厚み1cmはあろうかという、チャーシューを箸で持ち上げてからじっと見つめたあと、一気にかぶりついた!

ゆっくりとチャーシューを味わった倫子は言った。

「このチャーシュー、赤身と脂身の割合が絶妙!チャーハンのチャーシューより味が濃い!煮込みの時間が長いんかなぁ?チャーハンのチャーシューの方は赤身が多いから、チャーシューが違うんちゃうかな~。」

コックさんは倫子の言葉を聞き、糸のような目を見開いた!



真美と真奈美は箸を止め、互いに顔を見合わせてから、同時に倫子の顔を見た。

倫子の口から初めて聞いた関西弁に驚いたのもあるが、倫子の豹変ぶりに驚いたのだ。



倫子はチャーシューを口に含むとすぐさま麺をすすり、丼を両手で持って丼の端に口をつけるとゆっくりと丼を傾けた。

口の中でラーメンを完成させた倫子は、ゆっくりとラーメンを味わった後、嬉しそうに言った。

「うわぁ。チャーシューとスープが一つになって、すっごい奥深い味になってるやん!麺は手打ちでモッチモチ~。」

倫子の言葉を聞き、コックさんの体がワナワナと震えだした。



次に倫子は、レンゲで炒飯をすくい上げると口に入れた。

「う~ん。このチャーハンとラーメン。すっごい相性がええなぁ~。名コンビや~。」

倫子は嬉しそうだ。



次にから揚げに標的を定めた倫子は、素早くレンゲを箸に持ち替えると、容赦なくから揚げを攻め始めた。

倫子は大きなから揚げを箸で持ち上げ、キラキラとした瞳で見つめた。

「大っきいから揚げやなぁ。柔らこうておいしそう。」

倫子はそう言って大きく口を開け、思いっきりかぶりついた!

から揚げを味わった倫子は「ん~~。ほんまもんのから揚げや。ほんまもんを外で食べたの久しぶり~。」

と嬉しそうに言った。



「ほんまもんのから揚げって…なに?」

真美が怪訝な顔で、不思議そうに倫子に尋ねた。

「このから揚げはしっかりとタレに浸かってます。多分、1時間は浸けてるんとちゃうかなぁ?しっかりと揉み込まれてるのに全然くどくないな~。しっかりタレが浸かってないから揚げは、から揚げやのうてフライドチキンや。」

満面に笑みを浮かべながら倫子が言う。



「から揚げとフライドチキンって、どう違うの?」

今度は真奈美が尋ねた。

「フライドチキンはタレに浸けません。鶏肉じゃなくて衣にスパイスが効いてるんです。フライドチキンもおいしいですけど、お米に合わせるんやったら絶対にから揚げなんです。

これだけすごいチャーハンとラーメンに負けへんなんて、このから揚げすごいわぁ!」

真美 「へぇ…そうなんだ…。」

真奈美 「へぇ…そうなんだ…。」

二人は声を揃えて言った。


言われてみれば、確かに真美と真奈美はフライドチキンをおかずにごはんを食べた覚えがない。

人それぞれに好みがあるので、それが当たり前だとは言わないが。



真美と真奈美は呆然と倫子を見ていると「完璧ね…。」ナマズ髭のコックさんが小さく呟いた。

真美 「え?」

真奈美 「え?」

真美と真奈美は同時にコックさんの顔を見た。その動きは見事にシンクロしている。

「完璧に見抜かれたね…。」

コックさんはそう言うと、力無く帽子を取りガクッと膝を付いた。

真美 「ホイさん!」

真奈美 「ホイさん!」

慌てて真美と真奈美が椅子から立ち上がり、ホイさんに駆け寄った。

倫子は気にも止めず、ホイさん定食と格闘中だ!


「ホイさん負けたね。完敗よ…。」

ホイさんは涙を流している。

『何?何なのこの状況は?』

真美は混乱している。

『ホイさんを打ち負かすなんて…。やるわねリンちゃん…。』

真奈美は倫子に戦慄を覚えた。


 

こうなるともう倫子は止まらなかった!

床に崩れ落ちたホイさんなど気にもせず、暴走列車のようにホイさん定食に襲いかかる!

倫子のショータイムが始まったのだ。


倫子の食べ方は実に見事なものだった。

三角食べをしながら次々とホイさん定食を平らげていくのだが、その姿に下品さはなく、むしろ美しいフォームに見える。

なにより倫子が幸せそうに食べているのがよくわかる。

3人は笑顔でホイさん定食を平らげていく倫子の姿を、ただただ見ている事しか出来なかった…。



「ごちそうさまでしたー!あー!おいしかった!ごちそうさん。」

倫子はそう言って手を合わせた。

体育会系の学生がこれだけで満足するという定食を、倫子は10分足らずで平らげてしまったのだから、真美と真奈美は驚くしかなかった。



「真美ちゃん、真奈美ちゃん。この子何者ね。ホイさんこんなにあっさり負けちゃったの初めてね。」

真美 「ははは…。」

真奈美 「ははは…。」

2人は笑うしかなかった。


「ホイさん定食はおいくらなんですか?」

倫子がホイさんに尋ねた。

「880円ね。」

「えぇ!」

ホイさんから値段を聞き、今度は倫子が驚いた。

「なぜ驚くね。」

「この定食の食材は全部一級品です。手に入れるのも難しい食材だと思います。それが880円だなんて信じられません。」

倫子はキッパリと言い切った。



「ホイさん定食、ホイさんが選んだ食材しか使ってないね。」

「採算は取れますか?」

「ホイさん定食だけ採算度外視。人件費入れたらちょっと赤字。」

真美 「えぇ!」

真奈美 「えぇ!」

真美と真奈美は驚いた。

さっきからずっと驚きの連続だ。

ホイさん定食は熱血屋の名物メニューである。毎日、飛ぶように売れるのだ。

そんな人気メニューが売れれば売れるほど赤字と言うのだから、アルバイトとしては驚くほかないだろう。


「ホイさん定食。ホイさんの魂。妥協はなしね。」

ホイさんの瞳に真っ赤な炎が燃え上がる。

「ホイさんはすごい料理人です!」

倫子はホイさんを尊敬の眼差しで見た。

「ありがとう。ホイさん嬉しい。それにしてもすごい子ね。ホイさん完敗ね。」

「うるさくしてすみません。お昼抜きで働いていたので、お腹が空き過ぎて…。」

倫子は恥ずかしそうに言った。



「私、お腹が空き過ぎた状態で何かを口にすると鼻と舌が敏感になるんです…。そんな時においしい物を食べると、テンションが上がっちゃってベラベラ喋っちゃうんです…。自分でも止められなくて…。」

倫子はそう言うと、恥ずかしそうに俯いた。

「でも!こんなにおいしい中華を食べたのは初めてです!感動しました!ホイさんありがとう。」

倫子は顔を上げると、ホイさんに向かってお辞儀をした。

「ホイさん照れるね。」

ホイさんはそう言うと、右のこめかみを右手の人差し指でポリポリと掻いた。

『何?何が起こっているの!』

真美は心の中で叫んだ。

『侮れないわね。リンちゃん…。』

真奈美は心の中で呟いた。


「お嬢さん。名前なに?」

ホイさんが倫子に尋ねた。

「神楽坂倫子です。よろしくお願いします。」

倫子はホイさんに向かって、もう一度お辞儀をした。

「リンちゃんね。ホイさん。ホイさん定食を改良するね。リンちゃんに負けないね。」

ホイさんの目に再び炎が燃え上がった!

「え!もっとおいしくなるんですか!やったぁ!」

倫子は大喜びだ。

「ハハハハハ!」

ホイさんが大きな声で笑いだした。

その顔は、実に楽しそうに見えた。


「ホイさんが…。ホイさんが声を出して笑っているわ…。」

真奈美は驚愕しながら、呟くように言った。

「こんなホイさんは初めて見たわ…。」

真美も呆然としながら呟いた。

しばらくの間、スタッフルームにホイさんの楽しそうな笑い声が響きわたった。

チンジャオロースが食べたくなりました。

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