第一章 6話「ガーディアンてなぁに？」
6話です。
「真美ちゃんが来るまで、ソファーに座って待ってましょうか。お菓子もあるわよ？」
真奈美はそう言うと、倫子にソファーに座るように勧めた。
「はい。ありがとうございます。」
倫子は真奈美にお礼を言ってからソファーに腰を下ろした。
思った通りふかふかでやわらかく、座り心地は抜群だ。
『ふっかふかや～。お高そうなおソファーやなぁ…。』
倫子は大変ご満悦だ。
倫子がふと隣を見ると、さっき目についたぶたさんのぬいぐるみが置いてあった。
『なんか変わったぬいぐるみやなぁ。なんやろう？』
倫子がそう思ってぬいぐるみを手に取ると、真奈美が声をかけてきた。
「それはね、とんとんって言うの。」
「とんとん…。ですか。」
丸々としたおいしそうなボディを白いコックコートで包み、高いコック帽を被ったぬいぐるみは太いサングラスをかけていて、両手には大きな中華包丁を持っている。
かわいいかと聞かれれば、正直なところ微妙だ。
「とんとんは青葉シティロード商店街にある精肉店『お肉のとんとん』のマスコットキャラなの。その太いサングラスをかけたぬいぐるみは、初回製造分で貴重なのよ？」
「そうなんですか。初めて見ました。」
倫子はとんとんを手に持ち、まじまじと見ながら答えた。
「青葉島では結構ファンが多くてね。人気があるのよ。」
「東京は初めてなので知りませんでした。」
かわいいかわいくないの話ではなく、なんともいえない魅力をそこはかとなーく感じるのはなぜだろう？
「神楽坂さんはどこのご出身？」
「あ、はい。京都です。」
「京都か～。京都って風情があって良い所ねぇ。美味しい物もたくさんあって。」
「そうですか？京都なんてお寺とお坊さんばっかりですよ？」
「ふふふふふっ。そうなんだ。」
そう言って真奈美はコロコロと笑った。
「渋谷さんはどこのご出身なんですか？」
「わたしは青葉島の出身よ。普通とは違う街だけれど私は嫌いじゃないわ。」
「青葉島は普通じゃないんですか？」
「乗用ドローンが飛んでいて、ロボットがたくさん歩いている街なんて普通じゃないでしょう？」
「そうなんですね。京都ではドローンもロボットもほとんど見かけないので知りませんでした。そもそも京都市内はロボットの乗り入れ禁止なんですよ。」
「あら？そうなの？」
真奈美は不思議そうに首を傾げた。
「世界遺産や重要文化財の保護の為だそうなんです。それに京都の道はあまり広くないですし。それにしても青葉島の道路は広いですね。」
「中央通りは片側4車線で道幅は40m以上あるのよ。京都には古い建物とか史跡名跡が多いですものね。世界遺産もたくさんあるんでしょう？」
「みたいですねぇ。よく知らないんですけど…。」
「知らないの？」
「全然知りません。」
倫子はきっぱりと答えた。
京都市内に住む人は、京都に世界遺産がいくつあるかを知らない人が意外と多い。
何せ家の近くにあって子供の頃から見ているのだから、世界遺産と言うよりご近所さんである。
親近感があり過ぎて、世界遺産と言われてもピンとこないことが多いのだ。
そもそも世界遺産が近所にあるからと言って、なんの自慢になるのだろう？
ご先祖様が作ったとか、住んでいたとでもいうのなら自慢に思うかも知れないが、所詮は赤の他人の持ち物である。
世界遺産で遊んでいる子供だって多いのだ。
たまたま近くにあるだけでは、自慢などにはならないと倫子は思った。
「渋谷さん。質問してもいいですか？」
「なぁに？」
「青葉島では今日みたいな事がしょっちゅうあるんですか？」
倫子は不安そうだ。
「ガーディアンが出動するのはしょっちゅうけど、さっき桜子さんが言っていたように、建物が壊されるなんて年に1回あるかないかよ？」
「がーであん？」
倫子は首を傾げた。
「自警団？と言うか自衛団ね。」
「自衛団？」
倫子の頭の中で、？マークがマイムマイムを踊り出した。
「アオバシティには『青葉島特別行政法』って言う法律が施行されているのはご存じかしら？」
「名前だけは…。桜子さんからお聞きしました。」
「島のみんなは『特区法』と呼んでいるんだけど、特区法の中で青葉島の住民には特別自衛権の行使が認められているのよ。」
「特別自衛権の行使？」
「要するに自分達の身は自分達で守れって事なの。」
「自分達の身を守る？」
「青葉島はロボット産業の街でしょう？いろんな国の情報機関や、産業スパイが集まってくるのよ。そうなるとロボットによる犯罪が多くなってくるでしょ？」
「確かにそうですね。」
「警察や自衛隊だけでは対応しきれないって言うのもあるんだけど、そういった犯罪に対する自衛手段の一つとして、自衛の為に個人でロボットを所有する事が許されているの。簡単に言えば目には目を、ロボットにはロボットをって事ね。とはいえ、個人がおいそれと買えるような代物ではないんだけどね。」
「なるほど～。」
倫子は納得した。
「そういった自衛用のロボットの事をガーディアンと呼んでいるの。『アオバシティロード商店街』にもガーディアンが何機かいるのよ？7機だったかな？商店街のロボットの所有者が集まって『チームシティロード商店街』って言う自衛団を作ったの。」
「でもそれって危なくないですか？ミサイルとか撃たれちゃったら、大変じゃないですか。」
「アハハハハ！」
倫子の言葉を聞き、真奈美は笑いだした。
「？」
倫子はキョトンとした顔をしている。
「いくら特区とは言え、銃火器の持ち込みは禁止されているし、もしそんな事になったら自衛隊が慌てて飛んでくるわね。それにどこの国のスパイかわかったら重大な国際問題になるでしょう？それにもし銃火器なんか使っちゃったら完全にテロだしね。」
「そうかテロか…。そうですよね～。」
倫子は納得した。
どうやら？マークは実家に帰ったようだ。
「とは言え、全くないとも言い切れないんだけどね。」
「え！」
「過去にそういう騒ぎが何度かあったし、自衛隊の青葉島駐屯地には、しょっちゅうスクランブルがかかるのよ。その中のどれかがそういうものかもしれないでしょ？あくまで憶測だけどね。ちなみに自衛隊のロボットは銃火器を持っているわ。『特殊自衛機体』通称『特機』って呼ばれているの。」
真奈美はそう言うと、悪戯っぽく笑った。
「全然知りませんでした…。」
倫子は自衛隊の事はちんぷんかんぷんである。
「報道規制がかかっているのよ。今までにネットニュースでも、そんな記事を見たことがないでしょう？」
「確かに…。なんでだろう…。」
「へんに不安を煽るのはよくないし、ニュースにする意味がないもの。」
「意味がないんですか？」
「だってこの島ではロボット犯罪が大小を問わず、毎日のように起こっているんですもの。住民にとっては日常茶飯事なのよ。ロボットの戦闘はドローンで撮影されて、生中継されているくらいだもの。第一そんなことを大げさに報道していたらキリが無いでしょ？ただでさえ観光客が多い島なのに、これ以上興味本位で人が押し寄せてきたら島が沈んじゃうわ。」
「そうですね。」
そう言って倫子と真奈美は笑いあった。
「でもガーディアンのパイロットって凄いんですね。」
「そう？」
「どっちにしても危ないじゃないですか。」
「危ないと言えば危ないんだけどねぇ…。まぁこの島に住むんだから、近いうちにわかってくると思うわ。」
「え？」
「この島の住民はみんなしたたかなのよ。」
真奈美がそう言って笑った時
「おっまったっせ～。」
そう言って真美がソファーに飛び乗ってきた。
真美は赤いジャージの上下を着て、頭は長い髪を両サイドで結わえて、ツインテールにしている。
ジャージの胸と背中にはおさるのイラストが刺繍されていてかわいいが、倫子はギョッとしながら真美を見た。
ジャージ越しでもプロポーションの良さがよくわかる。
『ええなぁ…。』倫子は心の中で呟いた。
今なら楽器屋さんの前で、指をくわえながらトランペットを見つめる子供の気持ちがよくわかる。
「何を話してたの？」
真美が真奈美の横に座りながら尋ねた。
「神楽坂さんは京都のご出身なんですって。」
「へぇ～京都か～。一度は行ってみたいわね。」
テーブルの上にあるクッキーの入った可愛らしいウサギが描かれている器に手を伸ばしながら、真美は言った。
「青山さんは京都に行ったことないんですか？」
倫子は不思議そうに尋ねた。
倫子は京都に住む人間が修学旅行でお伊勢さんに行くように、東京の学生は修学旅行で京都に行くと思っていたのだ。
これは偏見と捉えられても仕方ないだろう。
「ないわ。修学旅行に行ったことないのよね～。」
真美はあっけらかんと言った。
「病気かなにかで行けなかったんですか？」
「ううん。わざと行かなかったのよ。だって勿体ないじゃない？」
「勿体ない？」
「お金が勿体ないじゃない。だから行かなかったの。」
「へ？」
「別にお金がなかったからじゃないわよ？そもそも団体行動が苦手だし。旅行って自分で稼いだお金で気の合う人達と好きな所に行って、好きな物を食べるほうが絶対楽しいと思わない？自分が納得してない事にお金を使うのが嫌だっただけよ。」
「確かにそうですね。青山さんはしっかりしてるんですね。」
そう言って倫子は笑った。
「真美でいいわよ。私はリンって呼ぶから。」
ポリポリとクッキーを食べながら、真美が言う
「じゃあ私もマミさんで。マミさんも青葉島出身なんですか？」
「そうよ。お姉ちゃんと私と真奈美ちゃんは、幼馴染みなのよ。」
「マミさんにはお姉さんがいるんですね。」
「今は仕事でいないけど、ここで一緒に住んでるの。リンも食べる？」
そう言って、真美はクッキーの入った器を倫子に差し出した。
「マミさんありがとう。いただきます。」
倫子がクッキーを1枚取ると、真美も２枚目のクッキーを手に取った。
「真由ちゃんは明日には帰ってくるはずよ。」
真奈美が言った。
真美に器を差し出されたが、何度か手を横に振った。
どうやら今はいらないようだ。
「真奈美ちゃんはお姉ちゃんのスケジュールを管理してるの。簡単に言えばマネージャーね。」
「マネージャー？真由さんは芸能人か何かをされているんですか？」
「芸能人って言うか、元々はイベントなんかにちょくちょく呼ばれていただけなんだけど、最近はTVに出たりもしてるのよ。芸能事務所からの誘いも多くて困っているの。」
「すごいんですね。」
『あかんやん…。DNAから話になってないやん…。勝負どころか土俵にも上がれてへんやん…。足引っ張ってるんはお父さんで間違いないな…。』
倫子は控えめな自分の胸を見た。
『もうちょっと自己主張してもええんよ？』
倫子は心の中で呟く。
倫子は真美の顔とプロポーションの良さに納得すると同時に、少しやさぐれているようだ。
「倫子～。」
満面の笑顔で倫子に手を振る父、万寿夫の姿が目に浮かんだ。
相変わらず見るからに華奢で頼りない体つきな上に、黒縁のメガネがひ弱さを一層際立たせている。倫子は絶望的な気分になった。
「どうかしたの？」
真美が倫子の顔を覗き込む。
「い、いえ。何でもないです…。」
真奈美と真美は不思議そうな顔をしているが、こんな話は死んでも出来ないし、したくもない。
倫子がDNAに絶望感を覚えたその時
ガチャ。
玄関からリビングに続くドアが、ゆっくりと開いた。
倫子がドアの方を見ると、背中に学生カバンを背負い、制服を着た青い瞳でツインテールの金髪少女が、ドアノブを握ったまま立っていた。
ロボットバトルまでは、遠そうです…。
