第三章 1話 「日々是好日」
第三章の始まりです。
いつも読んだくれてありがとうございます。
m(_ _)m
「寒っ!」
薄っぺらい万年床の上で、布団を被った宮村健斗はブルッと体を震わせた。
4月とはいえ朝はまだ寒い。
いや、この部屋はと言うべきであろう。
健斗が住む明らかに使い込まれた6畳一間の部屋には、万年床と小さな丸いちゃぶ台が一つ。
あとはタンスと小さなモニター、古い電気ストーブとコンロが一つしかない小さな台所があるだけだ。
風呂もなければトイレもない。
あるのは遠慮なく風が入ってくる、見えない壁の隙間くらいだ。
現存しているのが奇跡のようなボロアパートだが、ここが熱血屋の裏通りを少し行った所にある熱血屋の男子寮。
通称「今にも倒れ荘」もしくは「今にもつぶれ荘」である。
もちろん正式名称ではないが、アパートの看板の文字はとっくの昔に解読不能になっており、誰も名前を知らないので、近所の人達からはそう呼ばれている。
それにしても誰が付けたか知らないが、ぐうの音も出ないネーミングセンスである。
『何が冷暖房完備だ。夏暑くて冬寒い冷暖房なんざただの修業。いや、苦行じゃねぇか!』
健斗は目覚めた途端にここ1年、まともに顔も見ていないクソオヤジに毒づいた。
極寒の地で、寒さに震える夢でも見ていたのだろうか?
『あの野郎。アンティークなおしゃれアパートだとか抜かしやがったが、ボロとアンティークを一緒にするなバカオヤジ!ここより研究室で寝起きする方が何倍もマシだぜ!』
健斗はそう思いながら毛布に包まったまま、おんぼろ電気ストーブまで這いつくばると、急いでストーブに火を入れた。
健斗は真っ赤になって怒りだしたストーブに向かって、慌てて両手をかざす。
今は寒さに身を震わせているが、3か月もすれば暑くて下着姿で部屋をうろつく事になるのだ。理不尽と言わざるを得ない。
「寒ぃなこんちくしょう。」
健斗はぼそっと言った。
一人暮らしの男が独り言を口にしだしたら、もう終わりである。少なくとも彼女はいないだろう。
「腹減ったな…。」
健斗がそう呟くと
ガラガラガラ。
部屋の引き戸が急に開かれた。
このアパートに鍵が無いわけではなく、鍵を使うような常識ある人間がいないだけだ。
たしかにこのアパートに入る泥棒などいないだろうし、もし居たとしたら速やかに転職するべきだ。
見る目がないにもほどがある。
「オハヨウケント。メシクオウ。」
片言の日本語が部屋に響いた。
「おはようドゥック。」
健斗が声の主を見ると東南アジア系の外国人が一人、カップ麺2つを手に持ち部屋の入口に立っていた。
ちなみに醤油味とトムヤムクン味である。
「ハラヘッタ。」
「わかったわかった。」
ケントはそう言って腰を上げると、やかんに水を入れてコンロに火をかけた。
ドゥックは熱血屋でコックをやっている外国人だ。
来日して1年で日本語はまだまだ未熟だが、意思疎通に問題はない。
技能実修生として遠い国からやって来て、その国の言葉や文化まで覚えなければならないのだから、その苦労は並々ならぬものであろう。
「ケント、イソガシカ?」
蓋に重し代わりのおにぎりを二個づつ乗せたカップ麺を前に、2人の男が胡坐をかきながら話をしている。
おにぎりは健斗が前日に買っておいたものらしく「半額」と書かれたシールがデカデカと貼られている。
「なんとかな。店のほうはどうだい?」
健斗はカップ麺の上のおにぎりの固さを確かめながら言った。
しっかりと冷暖房の効いたこの部屋では、前日に買ったおにぎり程度ならあっさりと硬度を上げてくれる。
健斗はカップ麺の熱で、おにぎりが柔らかくなっているかを確認しているのだ。
「オミセイソガシイ。タイヘン。」
「彼女は元気かい?」
健斗はおにぎりを軽くもみ始めた。
「カノジョゲンキ。アイタイ。ケントモテル。カノジョナイナゼ?」
「暇がねぇ。金がねぇ。甲斐性がねぇ。興味がねぇ。」
「ウソツケ。オトコミンナ、カノジョスキ。」
健斗とドゥックはそんな事を話ながら、カップ麺が出来るのを待っていた。
お腹が空いている時の三分は長い。
その頃、乙女座ではカップ麺とは比べものにならないメニューの朝食がテーブルに並んでいた。
「今日はコンチネンタルブレックファーストよ。」
桜子がカップにお茶を注ぎながら言った。
『こんちねんたる、ぶれっくふぁ~すとぉ?』
倫子は意味がわからない。
自慢ではないが洋食には疎いのよ。
「ヨーロッパ式の朝食よ。簡単に言えばあまり火を使わない朝食なのよ。」
真美の話を聞き、倫子は目の前のプレートをじっと見た。
プレートの上にはチーズやハムが並び、隣には色とりどりのフルーツサラダと湯気の立つ野菜のスープがある。
『なるほど…。おかずを焼いたり炒めたりせぇへんのやな…。お正月の三が日みたいなもんや…。』
倫子はそう考えて納得した。
倫子よ。メインディッシュをおかずと呼ばないで欲しいし、正月の三が日でもない。
そんな言いかたをされては、コンチネンタルブレックファーストが泣きだすだろう。
「ヨーロッパ式ってことは、他にもあるんですか?」
「アメリカンブレックファーストは、ソーセージやベーコンなんかのお肉や卵が多いの。いつもはアメリカンなんだけど、たまにはコンチネンタルもどうかなって。」
桜子は笑いながら言った。
「勉強になります。」
倫子は嬉しそうに言った。
「今日のマジカル当番はマミちゃんとリンちゃんね。」
真奈美がメモを見ながら言った。
真美 「はい。」
倫子 「はい。」
「マジカルにはもう慣れた?」
桜子が倫子に尋ねた。
「まだまだです。頑張ります。」
「そう。頑張ってね。」
桜子は倫子に微笑んだ。
それにしても、同じ寮でもなんという格差であろう。
女子寮が暖かい大きな食堂で優雅にコンチネンタルブレックファーストを楽しんでいるのに対し、男子寮は寒くて汚くて狭い部屋で、おにぎりとカップ麺を睨みながら三分待つという世界一無駄な時間を過ごしている…。
格差。
いや、明確な悪意を持った差別と言われても仕方ないだろう。
健斗が吠えた理由もわからなくはないが、そもそも会話の内容からして違いすぎる。
「お!そろそろいけるな!」
健斗とドゥックは嬉しそうにカップ麺の蓋をめくると、ズルズルとカップ麺をすすり始めた。
冷えた体に温かいラーメンが沁みる。
知らぬが仏とは、こういう事を言うのだろう。
とにかく2人が幸せそうで何よりである。
マジカルリンリンのデビュー戦から10日が経ち、「リンリンフィーバー」もようやく落ち着いてきた。
デビュー当日の青葉島ケーブルテレビは、マジカルリンリンの戦闘シーンとインタビューの様子を繰り返し流し続け、DJハマヤーはその度に体をくねらせながら、大きな声を張り上げた。
倫子は「マジカルリンリン」の文字が画面に浮かぶ度に顔が赤くなるほど恥ずかしかったが、最近はなんとか慣れてきた。
何しろ美女神の許しを得たのである。恐れるものは何もない。
一方、青葉島の各商店街では「ようこそ!マジカルリンリンちゃんセール」と銘打ち、1週間に渡る特売を開始。
各商店街は大勢の人達で溢れ返った。
マジカルリンリンは島民達から、諸手をあげて歓迎されたのだ。
各店舗はそれぞれに創意工夫をこらし、オリジナル商品を開発。
「リンリン饅頭」「リンリン煎餅」「リンリンパフェ」などを期間限定販売し、飛ぶように売れた。
聞くところによると、他にもピンク色のグッズがよく売れたらしい。
とはいえ、物事は全て光あるところに影ありである。
成功した店舗があれば当然、迷走した店舗も当然でてきた。
「お肉のとんとん」では1kgの豚肉を4枚にスライスして「リンリンのファミリーとんかつセット」として販売したが、売れ行きはイマイチだった。
敗因はリンリン=ピンクという安易な発想であろう。
結果的に豚肉好きの主婦を喜ばせただけであり、便乗にもほどがあると言わざるを得ない。
他には「マジカルリンリンを捜せ!」と張り切り、リンリンを見つけ出そうとする不届き者も何人かいたようだが、バレる事はなかった。
待機中の倫子はマジカルピンクを磨いたり、マジカルピンクのコクピットに座り、マジカルブルーと模擬戦をしたりしている。
模擬戦とはいえ、マジカルピンクは倫子の動きをトレースしながら日々成長を見せてくれた。
乙女座に戻ってからもシミュレーターで練習を重ねているが、この間マジカルプリティとやった鬼ごっこは楽しかった。
青葉島全体をフィールドとして鬼ごっこをしたのだが、プリティは驚くほどすばしっこく身軽だ。
結局1度もタッチ出来なかったが、随分と勉強になった。
青葉島に来てから、倫子は毎日が楽しくてしかたがない。
おしゃれな生活にステキなキャンパスライフと、忙しいが充実した2つのアルバイトになんの不満があるものか。
日々是好日である。
だがしかし。
朝から何やら暗い表情の一人の中年男がいる。
その中年男こそ青葉シティロード商店街副会長、石田丸夫であった。
あの日、「ボコボコにしてやんよアタック」を、腕1本で阻止された副会長はへこみにへこんでいたのだ。
精肉店「お肉のとんとん」は先代である父、石田丸太郎が創業以来した店である。
創業当初のとんとんは包装紙に描かれた、ただのリアルなぶたさんだった。
いや、リアルすぎて不気味なぶたさんだったのだ。
丸夫は子ども心にリアルなぶたさんが怖かったが、一人娘の丸子が幼稚園の時に描いたコックコートを着たぶたさんを見た時、丸夫は衝撃を受けたと同時に「これだ!」と思った。
丸夫は丸子の描いたイラストを、店のイメージキャラクターにしたのだ。
不気味なリアルなぶたさんから可愛いいコックさんになったとんとんは、「お肉のとんとん」にとって幸運の青い鳥になってくれた。
今ではCATVでCMがうてるほど、店の売れ行きがぐんぐんと上がったのである。
商店街でガーディアンを所有しようとなった時、丸夫は知り合いに頼んでとんとんそっくりのガーディアンを作ってもらい、ビッグとんとんは商店街のガーディアンとして有名になり、丸夫はとんとんのぬいぐるみを発売。
愛くるしい?とんとんのぬいぐるみは飛ぶように売れ、今では青葉島の名物お土産にもなった。
しかし、丸くて可愛いいとんとんに攻撃が出来ないのは一目瞭然である。
銃火器が使えない以上、丸くて短い手は可愛いい以外の使い道がない。
そうなれば当然、囮という役割が回ってくる。
とんとんに求められたのは、攻撃力ではなく優れた防御力なのだ。
そうなると、とんとんは性能の偏ったロボットになった。
ゲーム風の数値に置き換えれば、AT0。DIF100。といったところか。
丸夫はそれでも良かった。
囮は建物を壊されないようにするには、重要な役割である。
我が身を危険に晒してまで、街を守ろうとする姿勢は尊敬に価するだろう。
誇らしい仕事だと、胸を張って言える。
それでも良かったのだ。
そう。つい最近までは…。
第三章の一話としてはどうでしょうか?
丁度11月からの開始ですので、新たな気持ちで頑張りたいと思います。




