第4章 第26話 「高く険しい山」
26話です。
いつも読んでくれてありがとうございます。
(*'▽'*)
ヒゲ面にサングラス。
口が悪くて、いつも汚いつなぎの作業着を着ている男。それが源さんである。
源さんは三人の中で唯一、青葉島出身ではない。
生まれは関西で、小学校に入る直前に父親と共に青葉島に来たのである。
源さんは母親の顔を知らない。
気がついた時には、父親と二人暮らしであった。
源さんの父親は昔気質の機械職人で、およそ子育てには不向きな男であった。
基本的に仕事以外の時は口をきかない無愛想な男で一日中、自宅の1階か離れにある工場に篭もって機械を作っていた。
唯一職人らしくない所と言えば、お酒を飲まないくらいだろうか。
食べ物にも着るにも興味がなく、源さんをほったらかして何日も工場に泊まり込むのも当たり前だった。
何しろ源さんの記憶に作業着を着ていない父親はいない。
いつでもどこでも作業着姿だった。
源さんは毎日夕方になると、父からお金を渡された。
これで夕飯を買ってこいというのだ。
源さんはいつももらったお金で二人分の弁当と、朝ごはんのパンを買いに行く。
父は魚が好きなので大抵は魚の弁当を買うが、何を買って帰っても父親は何も言わなかった。
ただ一日のうち、夕食だけは必ず父親と一緒に食べるように努めた。
父とは必要最低限の会話しかしないが、子供の源さんにはその時間は楽しみであった。
他人からすれば不思議だと思うだろうが、子供の頃の源さんはそんな境遇になんの疑問も持たなかった。
「お父さんは、仕事が忙しいんだなぁ。」
と思い、父親の行動を受け入れていただけだ。
関西で小さな工場をやっていた源さんの父親はワーカーの試作が開始されたと同時に、知り合いの技術者に青葉島に呼ばれた。
父親は源さんを連れて、すぐに青葉島へと向かった。
源さんの父親はワーカーの開発に大きく携わっていったのだ。
源さんは父が仕事をしている所を見ているのが好きだった。
青葉島に来てからは学校から帰ると毎日工場に行き、父の仕事を見ていた。
父は何も言わず、黙々と仕事に打ち込んでいる。
そして夕方になると、黙って源さんにお金を渡す。
そんな毎日の繰り返しだった。
門前の小僧、習わぬ経を読む。
などとはよく言ったもので、源さんは父の仕事を見ながら少しづつ父の仕事を覚えていった。
覚えるとやりたくなるのが人というものであり、源さんも当然のようにやりたくなった。
「僕もやりたい。」
小学生の源さんは父に言ってみた。
父はそうかと一言だけ言うと、源さんに仕事を教えてくれた。
父も最初は怪我をしないように道具の扱い方を教えてくれただけだったが、半年もしないうちに自分の仕事の手伝いをさせるようになった。
父とは学校での出来事や日常で起こった些細な出来事の話はしなかったが、仕事の話だけはした。
それがとても楽しかった。
父は手伝いをすると、正当な報酬だと言ってお金をくれた。
源さんはそのお金を持って、よく模型を買いに行った。
源さんは武骨で男くさいロボットが好きだった。
変形ロボットばかりを買う同い年くらいの眼鏡をかけた常連が一人いるが、あいつとは気が合わないだろうと思っていた。
あれから30年ほど経ったが、あの時の自分は間違っていなかった。
向こうもそう思っているから、お互い様だろう。
源さんが小学校の高学年になった頃、父は自宅の工場ではなく大手ロボットメーカーの工場に出向くようになった。
源さんは父から許可を貰い、自宅の工場を使うようになった。
最初は一人で機械を作ったりバラしたりしていたが、中学生になって仲間と三人でロボットを作り始めた。
自宅の工場は三人の秘密基地になった。
休みの日は三人で食料を買い込み、工場に寝泊まりした。
今思えば一番楽しかった時期だったと思う。
4年近い歳月をかけて、ロボットらしいロボットが出来上がった。
ちゃんと操縦も出来るしちゃんと動いた。
三人は大はしゃぎこそしなかったが、充分な満足感と喜びを実感していた。
結局そのロボットは遊園地に売ったが、そのお金を元にして新しいロボットを作る事が出来る。
源さん達は喜んだが、大学関係者がロボットの噂を聞きつけ、大学から特待生として迎えたいという話が来た。
タダでロボットの勉強が出来ると喜んでいた矢先に、とんでもない事が起こった。
父が仕事場で突然倒れ、そのまま亡くなってしまったのだ。
その時父はとうに60を超え、70が見えている年齢だったから、寿命と思えば思う事も出来なくはなかった。
源さんは父の死に顔を見て、思わず微笑んでしまった。
それほどまでに父は満足そうに笑っていたのだ。
父が苦しみながら死ななかった事が素直に嬉しかった。
『父さんらしいな…。』
父の死に顔を見て、悲しみより先に源さんはそう思った。大往生というやつだろう。
父には趣味らしい趣味もなく、仕事ばかりしていてろくにお金を使っていなかったからだろうが、源さんにかなりの遺産を残してくれていた。
仲間の一人が実家と付き合いのある弁護士を紹介してくれて、相続関係の話はスムーズにいったが全てが終わった時、源さんは泣きだした。
葬儀の際も泣かなかった源さんが、父の遺骨を手にして大声をあげて泣いた。
機械屋として生きていきたい自分にとって、父は父であり師匠であり、尊敬出来る人間だったという実感がふつふつと湧き出し、その思いは留まる事なくただただ、涙を流す事しか出来なかったのだ。
泣くだけ泣いた源さんは、一つの目標を掲げた。
父のようにはなれないにしても、少しでも父に近づけるようになりたいとあらためて思ったのだ。
あれから20年以上の月日が経ったが、まだまだ父のいた所には届いていない。
何機もロボットを作ってきたがそれでもなお、近づけているという実感はない。
常に五里霧中である。
どのロボットも自分一人で作ったわけではない。
仲間と共に作ったからこそ出来ただけの事なのだ。
自分一人だったら何一つ満足に出来なかっただろう。
だからこそ余計に実感がないのかも知れない。
40になって父の事を思うと、遠くに見えていた山に近づいたと思ったら、近づけば近づくほどその山の険しさと雄大さに気付かされたような気分になる。
それほどに目指すものは高く険しい山のてっぺんにある。
師匠となった今、自分も弟子にとってそんな風に思われるように努力をしなければいけないのである。
気安く弟子にするんじゃなかったなどと、軽々しく弱音は吐けないのだ。
初めてとった弟子は、何を考えているのかわからないところもあるが熱意のある女の子だ。
女の子を弟子にしたのは自分でも意外だったが、弟子として受け入れた以上は師匠としての自覚を持ってやっていかなくてはならない。
それは悩みは悩みでも、嫌な悩みではないだろう。
決して気分の悪くなるような悩みではないのだから。
それにしても初めての弟子はよく動き、よく考えよく悩む。
よく笑いよく食べ、よく棒付きキャンディをくわえている。
見ていて飽きない面白さもある。
かと言って、おしりを見せようとされても困ってしまうのだが。
そう言えば弟子をとってから生活も少しづつ変わってきた。
適当だった食事もまともになってきたし、前と比べてしっかりと眠るようにもなってきた。
生活にメリハリがついてきたのだ。
気のせいか体調も良くなってきた気がする。
ここしばらくの間は、影を潜めてはいるものの、あの道化師達は再び現れるだろう。
そうなる前に打てる手は打ってはいるが、どうなるのかはわからない。
一抹の不安を感じながらも、とりあえずは前に進むしかないのである。
たとえその先が、高く険しい山であったとしても。
もうすぐ大晦日。




