第一章「青葉島へようこそ」 1話「魔法少女?見参」
ハッキリと言います。
勢いとノリで始めました。
どうなるかはわかりませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。
「お、お、おっさっる~。おさるのビスケット~。」
暗いコクピットのシートに座り、目の前のコンソールを忙しく操作している若い女性らしきパイロットが、訳のわからないフレーズを口ずさんでいる。
目元覆ったバイザーで表情はよくはわからないが、口元を見る限りではとても機嫌が良さそうだ。
「またその歌?」
パイロットのイヤフォンに若い女性の明るい声が響く。
「ん~。ずーっと耳に残っちゃってるのよね~。はい!これでおしまい!」
そう言ってパイロットはコンソールを指で弾いた。
「もっと簡単に出来ないのかしら?スタンバイに2分もかかっちゃう。」
パイロットは面倒くさそうに言った。
「もうすぐコクピットが新しくなるらしいわ。それまで辛抱してよ。」
諭すような優しい声が、パイロットの耳に入ってきた。
「シンクロなんたらってやつ?」
「シンクロモーションシステムよ。」
「なんでもいいけど、信用出来るのかが問題よね~。」
パイロットは呆れ気味に言った。
「きっと大丈夫よ。ちょっと変な人達だけど腕だけは確かだから。」
「あれがちょっと~?こーんな格好させるなんて、とんでもない変態じゃない。」
パイロットは自分の格好をマジマジと見ながら、うんざりとした声を出した。
大きなバイザーが付いたヘルメットこそパイロットそのものであるが、体の方はスーツではなく青を基調としたヒラヒラのドレスを着ている。
こんな格好が許されるのは、お城で行われる舞踏会か夢の国くらいだろう。
少なくともパイロットスーツにするのはおかしい。
「この島ならこれくらい当たり前よ。」
笑い声がパイロットの耳に響く。
「確かにね~。ところでおね…マユタンは?」
「今頃は都内でお仕事中よ。」
「他のみんなは?」
「私達以外は全員お仕事中よ。」
「今回は二人か…。で、どんな感じ?」
神妙な声でパイロットは言った。
「随分と押されちゃってるわね~。あら、会長さんもやられちゃったわ。」
「あらら。昨日直ったばっかりなのにお気の毒さまね~。今夜は荒れるわよ~。相手は2機なんでしょ?たまに来る軍事用みたいね?」
「あ!副会長もやられちゃった。多分いつもの軍事用ね。動きが違うわ。」
「あらららら。これで商店街のチームは軒並み退場ね。」
「この様子だと今日は大盛況よ~。」
何やら嬉しそうな声だ。
「やっぱ出るしかないようね~。今回の目標タイムは?」
「300秒だって。」
「えー!軍事用2機相手に300秒はきつくない?」
青い魔法使いは不服そうだ。
「300秒を切ったら特別ボーナスだって。」
「おっけ~。俄然やる気が出てきたわ。」
「目的地上空に到着しましたぁ。30秒後に射出OKですかぁ?」
突然、別の女性の明るい声がした。
「おっけ~よ~ん。」
パイロットは精一杯の色っぽい声でそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべながら両手のレバーを握りしめた。
「それじゃあいきますよ~。ハッチ開放20秒前で~っす。」
女性の明るいアナウンスと同時に、パイロットの視界が徐々に明るくなっていった。
目の前のハッチがゆっくりと開かれていく。
日の光に照らされていくのは、とんがり帽子を被り、青いローブのような外装を纏った、魔法使いのような姿の女性型のロボットだ。
ローブの隙間から垣間見えるその体は、滑らかな曲線で出来ており表面がすべすべとしている。
ロボットの目元は、とんがり帽子とサングラスのようなバイザーで覆われていてよく見えないが、左の腰には剥き身の西洋風のサーベルを佩いている。
その隣には同じような姿格好のロボットが立っているが、こちらの外装は黄色い。
こちらも同じように左の腰にサーベルを佩いている。
「さぁて。今日も稼がせてもらいますか。」
青い魔法使いのパイロットは嬉しそうに言った。
「10秒前……9…8…7…6…5…。」
青葉シティ上空を低空飛行する「コンドル航空便」と書かれた輸送機の、コンテナハッチが開いていく。
「3…2…1…0!」
アナウンスと同時に開ききったハッチから、眼下に広がる街を目指して2人の魔法使いは迷うことなく空へ向かってダイブした。
「目指せ!特別ボーナス!」
青い魔法使いが叫ぶ。
「いってらっしゃ~い!」
女性は楽しそうに2人の魔法使いを見送った。
その声には緊張感などかけらも感じない。
シュバ! シュバ! シュバ!
2人の魔法使いは、眼下に広がる街に向かって降下しながら、小刻みに背中のバーニアをふかし、降下しながらは浮き、降下しながらは浮きを繰り返しながらゆっくりと地表を目指す。
風を浴びた2人の魔法使いは、とんがり帽子とドレスをひらひらとはためかせながら降下していくが、どうやら帽子もドレスも金属製ではないようだ。
「あれね。見るからにパワーはありそうね。それにしてもダッサいデザインね~。どこの国か想像がつくわ。」
眼下の街で斧を片手に暴れ回る、雑魚キャラ感満載のダサい2体のロボットと、よく見知った数体のロボットの戦闘を見ながら青い魔法使いが言った。
産業スパイのロボットは手足が丸太のように太く、全体的に丸いフォルムに単眼の丸顔という、全く持ってセンスを感じないデザインである。
小学生が描く「僕のスーパーロボット」の方が間違いなく格好いいだろう。
「ダサいとはいえ性能の差がハッキリしてるわね~。これはさすがに自衛隊の案件じゃない?」
黄色い魔法使いが、青い魔法使いの方を見ながら言った。
「自衛隊も頑張ってるんだけどさ~。出てくるのは遅いし、出てきたら出てきたで周りなんかお構いなしで暴れ回るからさぁ。住民受けがよくないのよね~。」
「確かにね~。さすがに銃は持ってなさそうね。」
黄色い魔法使いは戦闘の様子を見ながら言った。
2体の軍事用ロボットは手にした斧を振り回しながらがむしゃらに暴れており、取り囲むロボット達が攻撃に当たらないように必死なのが見て取れた。
ロボットが斧を振り上げるたびに蜘蛛の子を散らすようにロボット達が離れていき、近づいてはまた離れるの繰り返しだ。
「銃なんか持ってたら、さすがに自衛隊も飛んで来るでしょ。」
「そうね。そろそろ着地するわよ。」
そう言って黄色い魔法使いのパイロットは、先ほどまで小刻みに踏んでいた足元のペダルを一気に踏み込むと、二人の魔法使いは地面に着地する寸前に大きく宙に飛び上がり、ふわりとやさしく地面に着地した。
「マジカルだー!」
遠くのビルから望遠鏡を覗きこみ、戦闘の様子を見ていた野次馬の一人が声をあげた。
「マジカルブルーと、マジカルイエローが来てくれたぞー!」
隣で望遠鏡を覗きこむ野次馬が大声で叫んだ。
「はいはーい。あとは私達に任せてみなさんは下がってくださーい。」
青い魔法使いの声を聞いた軍事用ロボットを取り囲むように配備していたロボット達が、待ってましたと云わんばかりに散開していく。
「なんだあれは?ふざけたロボットだな。」
軍事用ロボットのパイロットの一人が、新たな敵を見ながら言った。
「ヒロイン気取りのイカれた奴じゃねぇのか?」
もう一人のパイロットが笑いながら言った。
「まぁいい。用件は済んだんだ。さっさと倒しておさらばしようぜ。」
「そうだな。我が祖国最高のロボットの力を見せてやるか。」
パイロットはそう言うと、嫌な笑みを浮かべた。
二人はとある国のエリート軍人である。
将来の出世が約束されており、ロボットのパイロットとしてはエースの自覚すらある。
本国では毎日毎日厳しい訓練を受け、一日の半分以上を愛機の腹の中で過ごしてきたのだ。
それは二人にとって大変な名誉であり誇りでもあった。
今まで流してきた血と汗と涙の結果は、確実に出ていると確信出来る。
現にここに来るまでダメージどころか、まともな攻撃すら受けていない。
ロボットの性能差はもちろんのこと、自分達の技量で能力を100%引き出している自負もあった。
エリートである自分が、あんなふざけた格好のロボットに負けるはずがないのだ。
「何あれ!ダッサ!ダッサ!ダサダサロボットね!」
青い魔法使いは非常に心のこもった声で言った。
2機の軍用ロボットは確かにダサかった。
武器が手斧というのもダサい。
「たしかにかっこ悪いわねぇ。」
黄色い魔法使いも同意している。
「あ、あ、あ、コトバハ、ワッカリマスカー?」
青い魔法使いがスピーカーモードで話しかけたがなぜか片言だ。無論なんの返答もない。
「まぁいいや。大人しく投降すれば手荒な真似はしませーん。ですが抵抗をすると、あなた達の身の安全は保証できませーん。」
青い魔法使いは、おっかない事を明るい声で言った。
「出来れば投降していただけませんか~?」
青い魔法使いに続いて、黄色い魔法使いが優しい声で問いかけると返事はすぐに返ってきた。
手にした斧を振りかざし、それぞれが魔法使いに向かって突進してくるという形で。
「マニュアル通りの通告はしゅーりょ~。やっぱりこうなるよね~。」
迫り来るダサダサロボットなど気にもかけず、青い魔法使いは半ば呆れ気味にそう言った。
「そうね。ここにはまだ古い建物が残ってるから気をつけてねマミタン。」
黄色い魔法使いはそう言ったが、随分と呑気な雰囲気だ。
「りょーかーい!」
青い魔法使いは元気よく返事をするとそのまま動きを止めた。
黄色い魔法使いも同じように動きを止める。
「英雄気取りの素人が!くらいやがれ!」
「これでどうだ!」
ダサダサロボットのパイロット達は無防備に間合いに入ってきた青い魔法使いに向かってそう叫ぶと、一気に距離を詰めて思い切り斧を振り下ろした。
同時にもう一体のダサダサロボットも黄色い魔法使いに向かって斧を振り下ろす。
「もらった!」
「もらった!」
二人のダサダサロボットのパイロットはもう一度叫んだ。
祖国の最高技術で作られた軍事用ロボットが、ふざけたロボットの頭部に向かって振り下ろした一撃は鋭く、二人の魔法使いの頭を縦に真っ二つ!
…にするはずだった。
しかし二人の予想に反して二体の斧は虚しく空を切り、軍事用ロボットは共に動きを止めた。
「え?」
「え?」
それを認識した途端、二人のパイロットは口を大きくあんぐりと開けた。
「こっちこっち。」
二人のパイロットが声のする方にロボットの顔を向けると、自分達から少し離れた後ろで青い魔法使いが左手を前に伸ばし、おいでおいでと挑発的に手招きをしている。
青い魔法使いから少し離れた場所にいる黄色い魔法使いの方は、両手を腰にあて少し首を傾げたままノーリアクションだ。
「時間がないのでさっさと終わらせまーす。皆さん準備はいいですかー?」
青い魔法使いがそう言うと、二人のパイロットは首を傾げた。
『さっさと終わらせるだと?準備ってなんだ?』
ロボットの翻訳機からのアナウンスを聞いたと同時に、二人のパイロットの頭に一気に血が登った。
「なめるなー!」
「なめるなよー!」
二人は同時にそう叫ぶと、斧を振りかざしながら再び魔法使いに襲いかかった。
二人の魔法使いは軽いステップを何度もきりつつ、難なく攻撃を躱しながらも周りの建物を避けつつ器用に道路の後ろに下がっていく。
「そろそろいいかな?」
青い魔法使いがそう言うと
「そろそろね。」
黄色い魔法使いが答えたその瞬間、青と黄色の魔法使いは腰のサーベルを抜刀すると、それぞれが目にも止まらぬスピードでダサダサロボットに斬りかかり、その両腕を肩口から綺麗に切り落とした。
ガンガン!
黄色い魔法使いが両腕を切り落とした方のロボットはその場で動きを止め、バランスを崩してその場で片膝を付いた。
黄色い魔法使いが左手でダサダサロボットの頭を掴み、片手で軽く吊し上げる。
しかし青い魔法使いが両腕を切り落とした方のロボットは勢いが余ったのか、青い魔法使いに向かって前のめりに倒れ込んできた。
「いや~ん。」
青い魔法使いはそう言うと、反射的にひらりと体を躱して避けたのだがそれがいけなかった。
グワッシャーーン!!! バキバキバキバキ!
辺り一面に大きな破壊音が鳴り響いた。
ダサダサロボットがそのまま地面に向かって倒れ込み、そこに建っていた古い木造建築の店舗とその横にある、これまた木造建築の古いアパートを押し潰してしまったのだ。
「げ!」
青い魔法使いが気まずそうな声をあげた。
「あらあら!」
黄色い魔法使いも気まずそうに声をあげる。
「なーにしてくれてんのよ!こんのへったくそー!」
青い魔法使いはそう叫ぶと、右足で倒れたダサダサロボットの両足をガシガシと踏みはじめた。
見る見るうちにダサダサロボットの両足がおせんべいのように薄くなっていく。
「それはさすがにやり過ぎよマミタン…。」
黄色い魔法使いの言葉を聞いた青い魔法使いはロボットの両足を踏みつけるのを止めると、何も無かったような仕草で黄色い魔法使いの方を向き
「んじゃぁかーえろっと。それじゃあマナミンおっ先~!」
と言うと、今度は思い切りバーニアをふかしてあっという間に空へと帰っていった。
黄色い魔法使いは手足がなくなったダサダサロボットの頭を左手で掴み上げたまま、飛んでいく青い魔法使いをしばらく見ていたが
「私も帰ろっ~っと。」
そう言っておもむろにサーベルを振り、ダサダサロボットの頭を横一閃に切り落とした。
ゴン!
という硬い音と共にダサダサロボットのボディだけが地面に落下した。
黄色い魔法使いはその場で左膝を落とし、切り落とした頭をそっと地面に置いた。
「それでは皆さんごきげんよう。あとはよろしくお願いしま~す。」
黄色い魔法使いはそう言って立ち上がると、右足を後ろに引いて両足をクロスさせ、ローブの裾をつかんで、まるでドレスの裾を上げるかのような仕草を見せた。
黄色い魔法使いはそのままおじぎをするとバーニアをふかして、空へと帰って行った。
「あ、悪夢だ…。」
壊れたカスタネットのようにガチガチと歯を鳴らしながら、店舗とアパートを倒壊させたパイロットはコクピットの中で震えていた。
「おい!無事か!」
相棒の声が聞こえる。どうやら通信機器は使えるようだ。
「な、なんとかな…。」
パイロットはシートベルトを外しながら答えた。
「ぐずぐずするな!早くブツを持って逃げるぞ!なんとかして大使館に逃げ込むんだ!」
「そ、そうだな…。」
「バラバラに逃げるぞ!南の港で落ち合おう!」
「わ、わかった!」
パイロットは震える手でシートの下にあったアタッシュケースを摑むと、慌ててコクピットのハッチの開閉ボタンを押した。
プシュ!
という音と共に胸のハッチが開くと同時に、いきなり無数の手が伸びてきた!
「なんだなんだ!」
突然の出来事に焦ったパイロットは思わず母国語で叫んだが、時すでに遅しである。
突然伸びてきた無数の手に掴まれたパイロットは、あっという間にコクピットから引きずり出された。
「助けて~!殺される~!」
パイロットはアタッシュケースを抱きしめながら力の限りに叫んだが、無数の手の雨が止むことはない。
まるでホラー映画で襲ってくるゾンビの群れのようだ。
「いーやー!やーめーてぇ~!たーすーけーてぇぇぇ~!」
パイロットは恐怖のあまり自分が軍人であることすら忘れて、ひたすら自国語で叫んだ。
そう。彼は力の限り叫んだのだ。
しかしパイロットの心からの悲痛な叫びもゾンビ達の耳には届かず、パイロットは無数の手に翻弄されつつ無情にも時間だけが過ぎていった。
ゾンビ達が去って行ったあと一人残されたパイロットは、アタッシュケースどころか、身ぐるみのほとんどを剥がされていた。
パンツだけはかろうじて死守出来たのが幸いだ。
「なんなんだ…。一体何が起こったんだ…。」
パンツ一丁のパイロットは、茫然自失になりながらも辺りを見回した。
祖国が誇る最高技術の塊であり、苦楽を共にしてきた愛機に、どこにこれだけの数がいたのか?と言わんばかりのゾンビ達が群がっている。
群衆の中には老若男女を問わず様々な人間が見て取れるが、皆が皆何かしらの工具を手にしており、中にはバッテン紐で赤ちゃんを背負い幼い子供の手を引いているお母さんもいる。
かなり急いでいるらしく、子供の手を何度も引っ張っていた。
パイロットは再び震えあがった。
『バ、バラしているのか…。』
そう。
男女を問わず子供から老人まで様々なゾンビが、ダサダサロボット…。
じゃなかった、彼の愛機をバラバラにしているのだ。
それを見たパイロットは体がすくんで動けなくなった。
立ちすくむパイロットのすぐ後ろにいた子供を交えた数人のゾンビ達が、慣れた手つきでついさっきまでパイロットを無視して座っていたコクピットまでバラし始めた。
それからすぐに巨大なトラックが2台現れたかと思うと、ゾンビ達がバラした部分を持ってトラックの元へと集まっていった。
彼はただ愛機がバラされて集められていくのを、茫然と立ち尽くしながら見ていることしか出来なかった。
愛機との思い出が走馬灯のようにパイロットの頭の中を駆けめぐる。
パイロットは心底悲しくなった…。
どれだけの時間が過ぎたのだろう?
気が付けばトラックは走り去り、あれほどたくさんいたゾンビ達は一人もいなくなっていた。
あれだけ大きな愛機は跡形もなく消え去り、人っ子一人見当たらない。
愛機があった場所にはケーブルの切れ端どころか、ビスの一本すら見当たらない。
パイロットがパンツ一丁の姿で呆然と佇んでいると、突然強い風が彼の体を吹き抜け、何か白くて大きなものがパイロットの顔を覆った。
パイロットは力無く顔を覆う何かを手に取り広げてみた。
それは彼らがとある企業から命がけで盗みだした、ロボットの部品の図面の成れの果てだった。
図面には様々な色のクレヨンで、なにやらたくさんの動物の絵が描いてある。
『わぁ。可愛いなぁ。これは象さんかな?こっちはキリンさんだろうなぁ。』
パイロットはそんな事を考えながらしばらくの間、笑顔で図面を見ていた。
しかしパイロットは突然笑顔のまま静かに涙を流し始めると、地面に手を付き四つんばいになり、肩を震わせながら声を押し殺して泣き始めた。
『これは夢だ…。きっと悪い夢なんだ。』
パイロットは強くそう願った。
「ど…同志よ…。」
静かにむせび泣くパイロットの耳に、突然聞き慣れた母国語が飛び込んで来た。
パイロットが顔を上げるとそこには、パンツ一丁でフラフラと歩いてくる相棒がいた。
相棒はパイロットの前に立った。
「失ったよ…。何もかも…。」
げっそりとした表情でつぶやくその姿に、あの逞しい相棒の面影はなかった。
筋骨隆々の逞しい体も鼻の下に伸ばした髭も、今は驚くほど弱々しく見える。
男らしいと憧れていたモジャモジャの胸毛ですら、滑稽に映るのはなぜだろう。
「俺に残ったのはパンツだけだ…。」
相棒の言葉を聞き、パイロットは静かに答えた。
「俺もだ…。」
そう言うので精一杯だった。
「俺達は何をしにわざわざこんな遠いところまで来たんだ…。」
そう言う相棒は涙声だ。
「ここは奪っていい場所なんかじゃなかったんだ…。奪われる場所だったんだ…。帰ろう…。」
パイロットはポツリと呟いた。
『相棒よ…。どこに帰ると言うのだ…。』
胸毛モジャモジャはそう思ったが、彼は何も言わずに静かに頷くと、ゆっくりと肩を組んで俯きながらとぼとぼと歩きだした。
パンツ一丁のまま行く当てもなく、ただただ前へと向かって。
不定期ですが、よろしくお願いします。