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 赤い……。


 テーブルを挟んで真向かいに座るサーヴァン男爵の顔は、鳥のソテーにかかっているトマトソースのように赤かった。

 女性を見ると顔が赤くなると言うサーヴァン男爵は、先ほどから僅かばかり俯いて、ティーゼと視線を合わそうとはしない。


 面白いくらいに顔が赤いが、冷静になって考えて見れば、「女性を見ると顔が赤くなる」と言う割には、彼の周りには普通にメイトたちがいることだった。彼女たちが給仕をしたりお茶を入れたりしていても、ティーゼを前にしたときのように真っ赤にならず、平然としているように見える。

 人に世話をされることに慣れた人は、使用人を空気のように感じる人がいると言うが、もしかして彼もそのたぐいの人間なのだろうか。


「その……ノーティック夫人」

「ティーゼで大丈夫ですよ」

「では、……ティ、ティーゼ」

「なんでしょう」


 ティーゼはナイフとフォークを置いて顔をあげた。

 サーヴァン男爵は相変わらず視線を下げたままである。


「部屋のことだが……、その、不自由はしていないだろうか。ほしいものがあれば言ってもらえれば用意するし、何ならやはり身の回りの世話をするメイドを……」

「不自由していませんから大丈夫ですよ。それに、わたしは雇われてここに来たのですから、身の回りのことは自分でします。どうぞお気になさらず」

「だが……」

「そんなことより男爵様。失礼ですが、お話するときは相手の目を見るものですよ。赤面症をなおすのにも、その方がよろしいのではないでしょうか」


 ティーゼが指摘すると、サーヴァン男爵は「う……」と小さく言葉を飲んで、それからそろそろと顔をあげた。そして、ティーゼと目が合うと、まるで天敵を見つけた野ネズミのように素早く視線を逸らす。もう、血が吹き出すのではないかと心配したくなるほどに、顔が赤い。


(これは……、先が長そうね)


 サーヴァン男爵は思った以上に重症のようだ。


「男爵様は、昔から赤面症でいらっしゃるんですか?」

「いや、そう言うわけではない」

「では、ある日突然に、ですか?」

「まあ、そうだな」


 それは大変だっただろう。これまで大丈夫だったものが急にだめになったのだから。


「それは、いつから?」

「……五年前だ」

「五年……」


 ティーゼは思わず目を見張った。

 偶然か、ティーゼが結婚したのと同時期に発症したらしい。


(五年……、急に自分の周りの環境が変わって、大変な思いをする気持ちはわかるわ……)


 それが五年も続けば、さぞつらかっただろう。ティーゼもつらかった。

 ティーゼはサーヴァン男爵のことが他人事のように思えなくなって、席を立つと、彼の隣に回り込んだ。


「男爵様。きっと治りますから、一緒に頑張りましょう」


 そう言いながらテーブルの上に投げ出されているサーヴァン男爵の左手を取ると、彼はひゅっと息を呑んで、石像のように固まってしまった。



     ☆



(でも具体的にどうすればいいのかしらね)


 食事を終えて自室に戻ったティーゼはうーんと唸った。

 サーヴァン男爵に雇われたのは一か月。その間に、彼の赤面症をなおすことはできるのだろうか。


(サーヴァン男爵は食事を共にして話し相手をしてくれればいいって言うけど……、それで本当に治るの?)


 少なくとも、今日見た限りでは、ただ話をして食事をするだけで、彼の赤面症が治るとは思えなかった。そもそも赤面症の発症理由はなんだろうか。発症したのは五年前だというが、その時に何らかの原因があったと思われる。

 ティーゼはごろんとベッドに仰向けに寝転がる。


(明日は男爵様は仕事で城に行くと言うから……顔を合わせるのは朝食の時と夕食のときだけね)


 サーヴァン男爵には一日中好きにしていていいと言われているが、仕事をしに来ているのに何もせずにぼんやりすごすわけにはいかない。


「……本屋にでも行ってみようかしら」


 無意識につぶやいた自分に、少し驚いた。

 ノーティック公爵家に嫁いで五年。他人と会うのが苦しくて外出を避けてきた自分が、外に出ようと考える日が来るとは思わなかった。借金を返済して離婚すると言う目標を立てたからだろうか、気分が前向きになっているのかもしれない。

 サーヴァン男爵家からなら、ノーティック家の大仰な護衛もついて来ないし、目立つ馬車に乗る必要もない。案外、誰にも注目されることなく外出できるかもしれない。そう思うと、ちょっとうきうきしてきた。


「だって仕事だもの。仕事のために調べものするだけよ。雇われているんだから、きっちり仕事しないと」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 サーヴァン男爵からは入用なものは好きに買っていいと言われていた。仕事で使う本を一、二冊買ったところで咎められないだろう。

 赤面症の治療にいい方法が見つかるだろうか。限られた一か月の間に、何としても彼の赤面症を治して、十倍の給金を手に入れたい。


 イアンが肩代わりしてくれたティーゼの実家であるアリスト伯爵家の借金は巨額だという。ティーゼが十倍の給金を手に入れたところで、返し終わるまでの道のりは長い。しかし、サーヴァン男爵から仕事に対する高い評価をもらえれば、次の仕事につながるかもしれない。そうして地道にお金をためていくのだ。

 幸いにしてアリスト伯爵家の財政は今は落ち着いているようだから、父に頼めば少しくらいは金を工面してくれるかもしれない。


「よし、がんばろう!」


 千里の道も一歩から。

 ティーゼは天井に向かってこぶしを突き上げた。



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だから、離婚しようと思います
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