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翌朝にはすっかり体調が回復していた。
昔から元気だけが取り柄のようなものだったティーゼは、一度熱を出したら数日は起き上がれなかった弟と違って、たいてい一日で回復していたが、大人になってもそれは変わらないようだ。
サーヴァン男爵が仕事に行くのを見送ったあと、ティーゼは書いたきりまだ出していなかったイアン宛ての手紙を持って家を出た。
昨日は一日寝て過ごしたから、少し歩きたい気分だったのだ。ついでに、自分で公爵家へ手紙を持って、執事のマイアンに公爵に手紙を届けてもらうように告げればいい。
公爵はどこにいるのかと訊いても「お忙しくていらっしゃいます」としか返さないマイアンだが、居所は知っているようなので、言づければ手紙を届けてくれるはずだ。
サーヴァン男爵家から歩いて四十分ほどかかるノーティック公爵家へ到着すると、ティーゼは公爵家の門番い慌てたように止められた。
「えっと、通してくれない?」
僅か二週間ばかり家を空けていたから顔を忘れられてしまったのだろうか? それはいくら何でも薄情ではないだろうかと、ティーゼが門番二人を軽く睨むと、彼らはマイアンに確認しに行くからそれまで待っていてくれと言い出す。さすがにティーゼはムッとして、つんと顎を逸らした。
「その必要はないわ。マイアンになら自分で会いに行きます」
いくらお飾りのような妻だとは言え、ティーゼはまだノーティック公爵夫人である。一応、この邸の女主人なのだ。自分の家に入るのに、文句を言われる筋合いはない。
「お、お待ちください!」
「今日はいろいろと……」
二人はあわあわしながら止めようとするが、ティーゼは振り返ることもなく門をくぐって邸の中に入っていく。
門番の一人が追いかけてくるが、無視を決め込んでいたら、邸の中からメイド頭が顔を出して、ぎょっと目を見開いた。
「お、奥様⁉」
メイド頭はティーゼの顔を忘れていなかったらしい。
ティーゼはちょっぴりホッとして、驚いた様子のメイド頭にマイアンはいるかと訊ねた。
「その、マイアンはただいま席を外しておりまして……、ええっと、わたくしが言付かりますので、奥様はどうぞお帰りいただいて問題ございませんわ」
「いいわよ。帰って来るまで待つから」
「いえ! いつになるかわかりませんので……」
「大丈夫よ。今日は昼すぎまで時間があるもの」
「昼を過ぎても戻るかどうか……」
まるでティーゼの邸の中へ入れさせまいとするかのようだった。
(なんなの? みんなして)
離婚はしたいが、まだ離婚前だ。自分の家なのにどうして中に入れてくれないのだろう。ムカムカしてきた。
「なら、フィルマを呼んでちょうだい!」
メイド頭では話にならない。
侍女を呼んでほしいと告げると、メイド頭が「少々お待ちください」と言って玄関を閉めようとしたので、すかさず足を滑り込ませて阻止をする。
あくまでティーゼを追い返したいらしい。そっちがその気なら、こっちだって遠慮はしない。
「フィルマー! フィルマああああああ!」
玄関の隙間から大声で叫べば、メイド頭が泡を繰ったような顔になった。
知らんぷりして何度もフィルマの名を呼べば、フィルマが中央階段を下りてくるのが見えてホッとする。
「何をしてるんですか奥様」
あきれたような視線を向けられたので、マイアンに会いに来たと言えば、フィルマがなるほどと頷いた。
「マイアンさんなら来客中ですよ」
「来客?」
ティーゼはじろりとメイド頭を睨みつけた。席を外している、いつ戻るかわからないと言ったのはどの口だろう。
ティーゼはバツが悪そうに視線を逸らすメイド頭のそばをすり抜けて邸の中に入ると、マイアンの用事がすむまで待たせてもらうため、自室に向かうことにした。だが。
「え? いいんですか? せっかく旦那様の顔が見れるチャンスなのに」
フィルマがそう言ったので、ぴたりと足を止める。
「フィルマ、今、なんて言ったの?」
「ですから、旦那様の顔が見れるチャンス……」
「来客って旦那様なの⁉」
「ええ。それから――」
フィルマが何かを言いかけたが、ティーゼはその前に階段を上りかけた足を止めると、談話室に向かって猛然と駆け出した。
本日8月3日、一迅社ノベルス様より
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こちらもよろしくお願いいたします(*^^*)





