5/ 戦争の犬たち
「おい皆! 奴らが来たぞ!」
ある秋晴れの昼下がり、それは唐突に始まった。
広々と広がる草原、その彼方から迫りくる駿馬の群れ。
地を鳴らしながら迫りくる蹄の音に、緊迫と恐慌が集落を覆い尽くす。
ここは帝国北東の外れにある都市のさらに壁外の村落。
辺境の植民市であるとはいえ、冬備えに豊富な収穫を迎えた秋。その豊かな作物は富を求めて移動を続ける近隣の遊牧民にはこの上無く魅力的に映った。
加えてここ数年の寒冷化と人口増大による牧草、食料不足は彼らを不承ながら略奪へと駆り立てた。
「よし、皆武器は持ったな? かかれ!」
収穫作業に勤しんでいた農婦が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、男達は自前の武具で武装し迎撃態勢を取る。
一見圧倒的な力の差があるように思える両軍。しかし村人達には一枚の切り札があった。
「来たっスよ団長! やっぱアイツら速ェ! このままじゃヤバイっス!」
細身な男が焦燥に駆られて口早に喚く。
団長と呼ばれた傍らの男は、飢えた犬のように狂猛な顔を浮かべ、しかし悠々と肩を回しながら返した。
「そう焦るなよエクオス。さてさて、久方ぶりの仕事といこう。戦争屋とはボロい商売だ。何せ勝手に商機がやってきてくれるのだからなあ」
この放浪の戦争屋たる小さな傭兵団の長である男の名はキュオン。
猟犬を意味するその名に違わず、犬の毛皮を刺青まみれの素肌の上に纏った、獅子を連想させる金髪の美丈夫である。
まるで頭から犬に齧られているような奇妙な外套は、端正な顔立ちや屈強な体躯と相まってどこか珍妙にすら思える。
加えてその歓喜に満ちた獰猛な笑み。それらはこの男を首輪の外れた狂犬のように見せる。
駿馬の名を冠するエクオスと呼ばれた焦げ茶混じりの赤髪で、筋肉質ながら細身の男は、額に汗を流しながらキュオンを急かす。とても一端の傭兵には見えないその気弱さに笑いながら、喚き散らしながら走る村人を一顧だにすることもなく、迫りくる略奪者を見て心底愉快とばかりに宣う。
「──久々の合法的大量殺人だ。礼を言うぞ薄汚い駄馬め。今日も素晴らしい戦死日和だな」
「ああもう! どうやったらそういう思考になるんスかアンタは! 畜生、やってやる! やってやるぞ!」
「憂さ晴らしもできて金も貰えて一石二鳥。これだから戦争屋は辞められん」
その冷徹な声につられて農民兵とは別に屈強な男女がぞろぞろと姿を現す。
人種も装備もバラバラな無法者の一団。
彼ら誓約の戦士達は、報酬のみを条件にあらゆる戦乱に赴く都合の良い死の商人である。
故にその組織構造は苛烈な実力至上主義であり、出自に関係なくあらゆる人種を迎え入れる。死刑囚、脱走奴隷、出稼ぎの農民、暇と力を持て余した貴族の次男……。
その中には年若い女性も混ざっており、それが一層彼らの寛容さと無節操さを表している。
「よおし、殲滅だ! 戦利品は売っぱらっていいぞ貧農ども! 発車だエクオス!」
「ちょっと待って……! しょうがねえ、ついてこいお前ら! 団長を死なせるな!」
キュオンは二頭引きの戦車に乗り、御者であるエクオスの肩を強く叩く。
半ばやけになったエクオスは卑屈な態度とは裏腹に小気味良い手綱捌きで戦車諸共突進していく。
それに合わせて数頭の馬と農民含めた歩兵が濁流のような勢いで真っ直ぐと突き進む。
「O geliyor!」
遊牧民達もまた鐙を踏み込む。
ここに血に飢えた野犬同士の闘いが始まった。
◇ ◇ ◇
「Yeaaaah! ほれ! 餌やりの時間だ!」
「やべえよ、やっぱ無茶っすよ!」
圧倒的速度を以って迫りくる遊牧騎兵の一団に、一両の戦車が真正面から突貫する。
それに続いて雑多な装備の歩兵達が後続するが、馬の足には到底追いつかず、キュオンとエクオスを乗せた戦車が真っ先に突っ込む構図となった。
「بمیر!」
鋭利な湾刀を構えた騎兵が戦車に迫る。
しかし次の瞬間、空気が引き裂かれるような音が響き、騎兵の頭が快音を立てて千切れ飛ぶ。
「一つ」
騎兵の頭を刎ねた物体は、キュオンが投げた槍であった。
彼は座席に満載した投槍を手に取り、次々と風切り音を鳴らしながら投擲していく。
迫りくる刃の群れに対し、接敵する寸前に神域の技を以ってそれらを串刺しにする。
時間にしてほんの数秒。
たったそれだけの刹那だというのに、激突すらしないまま騎兵達の屍が積みあがっていく。
「نترس!」
しかしそれでも彼らは生粋の略奪者だ。
多少損害が出たところで止まる道理などなく、勢いに任せて突貫する。
キュオンの戦車に刃が届く距離に達し、騎兵が邪悪な笑みを浮かべて刀を振りかぶる。
──そこで彼らは信じがたい光景を目にする。
「|چه اتفاقی افتاد《何だ》!?」
なんとキュオンはすれ違い様に戦車から跳躍し、相対する騎兵に飛び蹴りを見舞う。その車両と騎馬の相対速度と体重が乗った蹴りに耐えられるはずもなく、無様に騎兵は地に転げ落ちた。
これぞ安定した足場を有する車両だからこそ可能とする、常識外れの荒業である。
「よおし、今回も完璧な着地だな! そらエクオス、後は駆けずり回れ!」
「は、はい! やっぱこの人ヤバイ……」
予想外の荒業で騎馬を手にしたキュオンは、そのまま槍を縦横無尽に振り回し、単騎で敵陣を駆け抜けていく。
その様はまさしく暴風。彼を中心に騎兵達は徐々に陣形を乱れさせる。
一方、騎手であるエクオスのみとなった戦車は攻撃手段を持たぬまま戦場をあちこち駆け回っている。
当然それでは悪目立ちし、混乱する騎兵達の的となるが道理。
しかしそれこそが傭兵団の狙いである。
奥で一騎当千の闘いを繰り広げるキュオンと、貧弱ながら眼前をウロチョロと這いずる戦車。
対応に追われた騎兵達は注意が分散し、そのせいで自慢の連携が崩れかかっている。
そしてそこに歩兵が殺到。
騎馬の圧倒的勢いを削がれたところを食い付かれ、予想外の反撃に為すすべなく屍の山が築きあがる。
この個体能力に依拠した不意打ち。それこそ少数精鋭を旨とする傭兵の強みである。
加えて戦闘慣れした農民兵による加勢。これが合わされば軽装の略奪者など敵の内に入らない。所詮は稚拙な雇われと侮り、準備を怠った遊牧民の自惚れがここで命取りとなった。
襲撃の失敗を悟った略奪者の一団は、首領を護りながら足早に撤退していく。
──しかし、もはやそれも手遅れであったのだと彼らは知ることとなる。
誓約の戦士達。その名を冠する彼らの恐怖はここから始まるのである。