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4/ 新世界にて


 "──貴女に、主の加護のあらんことを"


 穏やかな微睡みから醒める。

 なにやら遠くから祭りのような騒ぎ声が響く。

 どこかで何か大きな人だかりができているらしい。


「あぁ──ここどこだろう」


 ゆるりと立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡す。自分の周囲には草原が広がっており、奥の方は凄まじい熱気で満ちている。

 どうやら裸一貫で放り出されてしまったらしい。何の装備もなく、誰もいない所にポツンと佇む自分は異物そのものだ。


 確か自分は、エゼキエルの指示通りに眠りに就いたはず。

 それがどうしてこのような所にいるのか。


 "ようやくお目覚め──いや、微睡みと言ったところですか。ひとまず上手く繋がったようで何より"


 脳に直接エゼキエルの声が響く。

 

 "そこは貴女自身の夢、つまり抜き取られた世界の構成情報を基に貴女と賢人達自身に堆積した記憶、そして思い描くイメージが混濁し再構成された異界です。そこに貴女が為すべきことがあります"


 ──異界。

 夢にしては有り得ないほど現実感があるここは、すなわちもう一つの現実ということ。


 "貴女の最終目標は現実の世界を再構成するに足る材料を持ち帰ること。その為に、ここで貴女にある人物達を探していただきます"


「──誰を?」


 "賢人達です。賢人会議の宗主達、世界を奪い分け合った賢人。彼らの魂を奪い取り、彼らに書き換えられた世界を修復する、それが貴女の使命"


 いや、あまりにも説明不足が過ぎる。

 そもそもなぜそのような事態に陥ったのか。彼の説明には一貫して述語的な文脈が抜け落ちている。


 "申し訳ありません、何分煩雑な原理でして。まずそこにそのままいるのは不味いと思い……"


「……わお」


 ──その言葉の意味を即座に理解した。

 眼を凝らし、遠望を眺める。

 そこに広がっていたのは。


「──ウォォォォ!!」

「殺せぇぇぇ!」


 蟻のように群れ、ぶつかり合う無数の鉄と鉄。

 飛び散る血潮は地を染め上げ、雨のように激しく降りしきる。

 もうここ三百年は見なくなった生々しい暴力の衝突。それが当然のように巻き起こっている。

 これはまるで──生まれた頃に戻ってきたかのようだ。


「これはちょっと長話してる暇はなさそうだね。死んだらどうなるか判らないし、《《あの頃のように》》はいかないか」


 とりあえず手頃な死体を漁り、装備一式を剥ぎ取る。武装は現地調達が基本だ。そして幸い彼女は死体漁り(スカベンジング)の腕に覚えがある。

 毛織の外套(クローク)、袖のないチュニック、ズボン、レギンス諸々。ついでに長い片刃剣(サクス)と槍も。そして悲しいほど僅かな金。大きな風穴は通気性抜群で、紅い塗装は地味な色合いを誤魔化すのに打って付けだろう──多分。……というよりなんでこの人下着履いてなかったのか。彼女は訝しんだ。

 

 しかし屈強な男が身に着けるに相応しく、全体的に大きな服は小柄で華奢な彼女には噛み合わず、あちこち引き摺ってしまう有様だ。


「面倒だ」


 巻脚絆で脚を防護し、ベルトに剣やポーチを差したまま、クロークを除く服を全て脱ぎ捨てる。

 粗末な外套(クローク)にこれまた粗雑な脚絆とベルトのみという非常識な姿は全身の刻印と相まって蛮族そのものだが、こと戦場に限っては古代ならばそう酷いものではなかろう。スパルタ兵やケルト兵もそんなものだったはず。

 ……ただし男に限定されるが。

 

「とりあえずは高みの見物と洒落込もうか」


 ここは幸い激戦区から離れており、いるのは物言わぬ死者だけだ。

 まず状況を正確に確認する必要があるだろう。

 ぶつかり合う軍勢は皆纏まりのない装備をしており、鎖帷子だったり平服であったりする。人種的には白人が大多数のようだが、遊牧民のような恰好の兵には黄色人が多い。

 ──となると、これはこの地域の兵士が遊牧民の攻撃を受けているということだろう。

 とはいうものの、ここからいかにしたものか。

 とにかくこの場を脱してエゼキエルの言葉を聞かなければならない。

 

 屍の山を踏み越え、まずは俯瞰してみることのできる丘に向かった。

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